そんな興行には、映像技術が不可欠。大型スクリーン向けの映像は日本が得意とする技術だ。映像を遠隔地から送信して大勢で見るパブリックビューイングや、3Dで立体的に見える映像配信のための装置を配備する。結婚式やパーティー、国際会議にも使えるようにする。
●屋根あれば帰宅難民も安心
「屋根つき」に鈴木がこだわった理由がもう一つあった。3.11の教訓だ。帰宅難民の対策に追われた。大学などの施設を開放し家に帰れない人々を受け入れた。都内は震度5でも大混乱だった。首都直下型が起きたらこんなものでは済まない。新競技場は50年は使う施設だ。その間に大災害が起こる可能性は大きい。東京のど真ん中に20万人が避難できる巨大なテントがあったら、どれだけの命が助かるか。
通常はにぎわいのある多目的スタジアムで収益を稼ぎ、災害が起これば巨大シェルター。新競技場のコンセプトはどんどん五輪から離れていった。こうしたアイデアは競技場問題を仕切るごく一握りの人たちの間では共有されたが、アスリートや納税者と議論を交わすことはほとんどなかった。新国立競技場をどのような目的で建てるのか。一番大事な論点が政府や国会、国民の間で共有されずに、計画は静かに進んでいった。
今年になって、3千億円を超える建設費案が明らかになると、JSCや、監督官庁である文科省に世論の批判が集中。その結果、焦点は「建設費はどこまで削減できるか」に移り、どんな競技場にするか、という問題の根本はまた、置き去りにされた。
「白紙撤回なら基本コンセプトから見直すのが筋だ。時間がないというだけで本質的な議論をあいまいにするのはおかしい」
●アスリート第一出たのは最近
1550億円にしたことで床面積は13%減の19.5万平方メートルになった。それでもロンドンやシドニーの2倍近いのは変わらない。
旧計画の白紙撤回を政治判断した首相の安倍晋三は、8月の関係閣僚会議で「アスリートファースト」を強調した。そんな言葉が出るほど、これまでは競技に励む人たちの声は届いていなかった。元東京都副知事の青山やすし(※)は言う。
「旧競技場は、五輪スタジアムで競技した手応えと誇りを、全国の子どもたちが味わえる場として、スポーツ文化を育んできた。その伝統は大事にすべきです」
トップアスリートや協会役員ではなく、草の根のスポーツ人口の底上げに競技場を使うなら、VIP席や宴会場はいらない。だが19.5万平方メートル、1550億円という規模は「多目的スタジアム」の構想を捨てていないように映る。
そもそも、建設費は1550億円に収まるだろうか。
内閣官房の資料によると、スタジアム本体1350億円、人工地盤や空中歩道など周辺整備が200億円、合計1550億円となっている。ただ、いずれの数字も「程度」という言葉が付け加えられ、あいまいさを残している。
「デザインや設計が決まっていない段階で出せる数字は、目安でしかない。政府の事情で削った分だけ業者のリスクは高まる」
建築関係者は打ち明ける。ギリギリまで粘って白紙撤回になっただけに工期もギリギリだ。震災復興などの工事が重なり、資材費も人件費も高騰している。
さらに、内閣官房の資料をよくみると、関連経費という項目が別に計上されている。計283億円。これらを1550億円に足すと、実際の費用は1833億円になる。