そこからはあっという間だった。技術不足は知恵で補えばいい。話し合いを重ね、本来は回して跳ぶ縄を「首にかけたら金メダルっぽく見えるんじゃね?」といった脱線気味のアイデアも出し合った。プログラミングが得意なメンバーが「人の動きの最適化シミュレーション」を組み、その結果も採り入れた。こうして短時間でパフォーマンスを練り上げ、大会初出場でビッグタイトルを射止めた。
「練習時間も取れない、技術も足りない。だからこそ、『自分たちは何を持っているのか』に極限までフォーカスできたんだと思います」
「完全燃焼できた」と感じた藤本さんはサークルを引退し、今は銀河の進化の過程を探る研究に没頭している。
幼いころ、UFOや異星人をテーマにしたテレビ番組を見て宇宙に興味を持った藤本さん。
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。『宇宙の始まりと進化』を研究したい」と、宇宙物理学で世界屈指の研究レベルを誇る東大を進学先に選び、1浪して理科一類に合格した。
今度は、研究者として「世界」に挑む今、ないないづくしの逆境を逆手にとって仲間と頂点を極めた経験はきっと生きると信じている。
■秋山和徳さん(28)
大学院理学系研究科博士課程修了
「苦手な英語を克服して国際チームに」
月の上に置いたテニスボールを地球から観察する──。
それはムリ、と思いそうだが、秋山和徳さんらが挑戦しているのはそんなプロジェクトだ。ただし、目標は月ではなく、ブラックホール。ブラックホールそのものは見えないが、周囲の明るいガスを背景に黒い穴が見えるはず。その穴の写真を地上から撮ろうというのだ。しかしその穴は重さの割に非常に小さい。世界各地の望遠鏡を組み合わせて仮想的な地球サイズの望遠鏡をつくり、誰も見たことのないものを見ようとしている。
北海道大学理学部物理学科で天文学を学んだ。中でも、日常とはかけ離れた現象が起こり、実態がよくわかっていない「ブラックホール」に引かれた。ブラックホールの写真を撮り、その存在証明をめざす国際プロジェクト「EHT」に国立天文台が参加していると聞き、自分も加わりたいと思った。国立天文台と併任の教員がいる東京大学大学院に進学した。
●日本を背負って行く
念願かなってプロジェクトメンバーとなり、米国で開かれた会議に参加した。しかし日本語でも頭を猛スピードでフルに回転させなければ、ついていけない内容の議論なのに、もちろん英語。まったくお手上げだった。
悔しい気持ちがバネになった。日本に戻ると週に3、4回英会話学校に通い、リベンジを狙った。翌年は、なんとか議論の内容が理解できるようになった。あちこちの会議に参加するうちに、相手の言うことを遮って、自分のアイデアを出すこともできるようになった。国際プロジェクトを牽引する成果を出したことが認められた。
世界各地の複数の望遠鏡を同時に借りる観測時間の確保は難しく、年に1、2回程度だ。ハワイの高地で観測に参加した時は、高山病になりかかりながら、装置の取り付けなどの作業をした。観測した信号を画像にするまでには何段階も解析処理が必要で、秋山さんのメインの仕事は、その解析法の開発だ。
実際のデータを使い解析方法を確立したり、科学的成果を出したりしているのは米大学を中心とした10人足らずのメンバー。日本の研究機関から参加してデータ解析に携わっているのは秋山さん一人だけ。