旅立つ前の箱山さん。ジャケットはNGOのJOICFPが提供。旅の資金の一部をクラウドファンディングで募るなど、多くの人に支えられた世界一周でもある(撮影/編集部・宮下直之)
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旅立つ前の箱山さん。ジャケットはNGOのJOICFPが提供。旅の資金の一部をクラウドファンディングで募るなど、多くの人に支えられた世界一周でもある(撮影/編集部・宮下直之)

 一度、妊婦体験ジャケットを着てほしい。重くて苦しい。これで家事や仕事をこなすなんて大変だ。その実感を得てもらうべく、世界を回る医大生がいる。

「明白了(ミンパイラ=もうわかったよ)」

 そう言って、やんわり断られた。道端でいきなり声をかけ、妊婦体験ジャケットを身に着けてくれる人なんてなかなか現れない。エプロンのような形のこのジャケットは、水を入れて腹部を膨らませると重さが約10キロになる。屋外で着ればそれなりに人目を引くから、どうしても恥ずかしさが先に立つ。

自分は医学生であり、妊婦の大変さを知ってほしいと思っている。よければ、このジャケットを着てみませんか──。中国の人たちに、漢字を駆使して筆談で訴えても「(妊婦が大変なのは)文字の説明でわかったよ」と、にべもなかった。

「何もできずに日本に帰るのか」

 最悪の結末が頭をよぎった。北海道大学医学部3年、箱山昂汰(はこやまこうた)さん(21)の世界一周の旅は、こうして始まった。2月半ばに日本を発って香港に降り立ち、その後訪れた中国南部の都市での出来事だ。

「学生の世界一周なんてよくある話」

 出発前、箱山さんはそう考えていた。だから大学を休学して世界中で「寄り道」をする以上、自分の夢に近づく何かを旅に取り入れたかった。

「アジアやアフリカの国でいろんな人に出会い、自分の力で苦しみを取り除くことができたら」

 医療や医学の知識を生かして国際貢献することが、箱山さんが描く将来像だ。旅と夢をつなぐヒントをくれたのは、同じ寮で暮らす仲間たちだった。いつものようにこたつで丸まって議論するなかから、今回の旅のアイデアが生まれた。

 妊娠・出産に関する意識は、文化やジェンダーによる壁がある。ジャケットを使った妊婦体験を通して、箱山さんはそこにくさびを打ち込みたいと考えている。伝統的に男性の力が強い社会では、夫の無理解や横暴で、産気づいた妻を病院に連れて行くバス代を渋ったり、陣痛が始まるまで妻を働かせたりするケースなどがいまだに見られるという。

「だから一人でも多くの男性に妊婦体験をしてほしい。まだ学生だけれど、出会った人たちがふと、『そういえば奥さんや彼女を大切にしろと言っていた面白い日本人がいたね』と、思い出してもらえたらうれしい」

AERA 2015年3月30日号より抜粋