ベルリンで「金熊」と「銀熊」をさらった中国映画「薄氷の殺人」。すさんだ地方都市の生態から、若手No.1監督が「悪」について問いかける。
映画を見終わった最初の感想は、「この監督は意地の悪い人に違いない」だった。
わざと多くの謎を残して、観客が頭の中でぐるぐると考えあぐねてしまうことを期待しているとしか思えない。ヨーロッパで高い評価を得たのも、そんな「余韻」が好きな、ひねくれた映画評論家たちの心を巧みにつかんだからに違いない。
訪日した刁亦男(ディアオイーナン)監督にそのあたりを聞くと、にやっと笑った。「だれもが同じ答えしかない問題を解いても面白くないだろう」。確信犯なのである。
本作は昨年のベルリン国際映画祭でコンペティション部門作品賞「金熊賞」と主演男優賞「銀熊賞」をダブル受賞して世界を驚かせた。最近の東アジア映画では非常に珍しいケースである。
実際に起きた事件を題材に、中国東北の都市・ハルビンが舞台とされている。街全体が冷蔵庫に入ったような冷気がひしひしと画面から伝わる。15カ所の石炭工場で1人の死体がバラバラになって見つかったのだ。事件の発覚とともに連続殺人の物語が動きだす。捜査線上に浮かぶのは小さなクリーニング店で働く、謎めいた若い未亡人である。彼女に疑いを持った中年の元刑事はしつこく追い回し、未亡人に引き寄せられていく。
本作は上質なクライム・サスペンスだが、描かれるのは、あまりにも荒涼とした中国の地方都市の生態である。貧しいわけではない。しかし、誰一人として、幸福そうな顔をしていない。なんともいえない無力感の正体は一体なんなのだろうか。
中国において、都市間の格差は日本の想像を絶するものがある。北京、上海など一部の大都市と農村はまったくの別世界で、そのはざまにある地方都市は中途半端な存在だ。発展の流れには乗り切れず、かといって完全な田舎でもなく、人間の欲望と絶望を引き受ける損な役回りを負わされている。本作で刁監督が描こうとしたのは、そんな中国の地方に広がっている無情な格差と人心の荒廃だったのではないかと思いたくなる。
※AERA 2015年1月19日号より抜粋