高齢者介護につきまとう暗い感じ。そこから目を背けるのは、ふつうの人。起業家は「だったら明るくすれば儲かるじゃん」と思うのだ。
創業わずか5年半ほどのベンチャー企業に今年、千人もの大学生が就職希望のエントリーをした。しかし、正社員として入社できるのは、わずか4人の“狭き門”。そんな人気企業は、IT関連でもファッション関係の会社でもない。中小企業の街、大阪府東大阪市で有料老人ホームを運営する「セーフセクション」だ。
JR片町線の鴻池新田駅(同市)から、徒歩で5分ほどのところに、同社が運営するサービス付き高齢者向け住宅「musubi まちの家」はある。この夏にオープンしたばかりだ。設計したのは、若手の建築士。安部諒一社長(28)は言う。
「部屋の大きさと形はあえてバラバラにしました。部屋がそれぞれ個性を持つ家なんです」
介護施設にありがちなまっすぐな廊下、均質的な部屋はない。中央は吹き抜けで、その周囲を廊下が囲む。廊下には、つるしの裸電球。等間隔に並べたのは、「通りの街灯」をイメージしてのことだ。入居一時金は約30万円。月額利用料は15万円台だ。決して「富裕層向け施設」ではない。
安部さんは大阪市立大学で環境都市工学を学んだ。起業のきっかけは、父のこんな一言。
「じいちゃんの工場跡に施設をつくるから、やってみるか」
当時は大学4年生。断ったが、これを境に介護事業を意識するようになり、とりあえず介護業者のホームページをのぞいてみた。すると驚いた。
「売り文句は『真心』で、施設長は理事長の息子、職員はみんなださいジャージー姿。これじゃ若い人は来ないなと」
そんな実情を知って、介護への興味が失せたわけではない。むしろ逆。安部さんは、
「ならば、自分で変えられる面白さがあるのでは、と思ったんです」
2009年4月にセーフセクションを立ち上げ、10年秋には住宅型有料老人ホーム「musubi」をオープンさせた。その道路向かいに建てたのが、まちの家だ。ともに常勤介護スタッフは20代後半が中心だ。
心がけたのは、介護ではなく「高齢者の生活演出」ということ。その観点から、まずは「食」を変えた。食堂から厨房が見えるオープンキッチンを導入。有名ホテル総料理長を招き、食事の質も高めた。
「カートで運ばれてきても、食欲はわかない。目の前でにおいや湯気が立ち込めることで、食欲はわいてくる。餃子の王将と同じですよ」
※AERA 2014年10月20日号より抜粋