土井さん(右)のシンガポール滞在中に開かれた旅行博で同僚たちと(写真:本人提供)
土井さん(右)のシンガポール滞在中に開かれた旅行博で同僚たちと(写真:本人提供)
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 アジア圏にも英語を多用する国は多い。ローカライズされた英語には独特の難しさがあるが、戸惑いながらも対応する術を身につけた日本人もいる。

 シンガポールの旅行代理店で働き始めてから、たった2日目に、シンガポール人の同僚から冷たく言い放たれた。

「Why you come Singapore?」

 Whyの次のdidや、comeの次のtoを省略したローカル英語。いわゆる「シングリッシュ」だったが、意味はわかった。要するに「あんた、日本に帰りなよ」。いきなり土壇場に追い込まれた気分になった。

 現在、都内で働く土井小寿江さん(41)は、20代半ばから30代半ばまでの10年間、シンガポールの旅行代理店で働いた。

 知人のツテで紹介された仕事。行く前に日本企業の顧客が多い代理店と聞いていたので、日本語と義務教育で学んだ英語でなんとかなると甘く見ていた。

 勤務初日からチケット手配の対応窓口に座らされた。確かに電話は日本企業からかかってきたが、相手は現地スタッフばかり。まくし立てるような早口の英語にぼうぜん。日本人以外の電話は同僚に回して逃げた。

 1カ月経って少しは慣れたと思ったころ、職場の上司とある案件で議論していると、「I d on't understand your English」といきなり言われた。

 英語で反論もできず、悔しくてトイレで泣いて、「日本のOLみたいだ」と思った。現地の「ブリティッシュ・カウンシル」にも通い、英語のレベルを上げた。勇気を振り絞って、鳴った電話は率先して取った。そうしているうちに、シンガポール人は、英語を良くも悪くも「おおざっぱ」に話していると気づいた。

「冠詞のtheを入れるかどうか適当だし、過去形や完了形の区別もはっきりしないので、文末に『already』さえつけてしゃべっておけばだいたい大丈夫。ここは『言った者勝ちの英語』だって気づいたら、すごく気が楽になりました」

 度胸をつけ、自分を叱った上司や同僚とも仲良くなると、仕事や生活が楽しくなる。滞在が5年を過ぎると、ツアーにアテンドしたシンガポール人に「あなたでよかった」と言われるようになって、一山越えたかなと思った。ただ、日本の友人には会うたびに「目ヂカラがついたね」と驚かれた。

「シンガポールは、日本みたいにニコニコしているとだましてやろうと思われる社会。英語も完璧ではないので、最後は怖い顔で自分を守りました」

AERA 2014年8月25日号より抜粋