もはや中国との「暗黙の了解」は成り立たない。突然のルール変更で、企業が巨額の支払いを要求されるケースが相次ぐ。

「世界の工場」と呼ばれる中国・広東省の東莞市。ベトナムが反中デモで揺れる4月中旬、数万人規模の大規模ストライキに、「裕元工業」という靴メーカーの工場が見舞われた。

 裕元は台湾の「宝成工業」の現地会社。宝成は顧客にナイキ、アディダスらを抱え、世界の高級シューズの2割を生産するという巨大請負企業だ。

 6万人が働く工場が突然もぬけの殻になり、「台湾狗(台湾人への蔑称)を殺せ」「造反有理(造反は正しい)」などと書かれたチラシがまかれた。工場の従業員を臨時工扱いにして、年金の原資になる社会保険料などを納めていなかったことに抗議するものだった。

 約2週間後に労使で和解が成立、操業は正常に戻ったが、現地の報道によれば、1年分の追加人件費だけで30億円になり、15年にさかのぼる補償の総額は最大で100億円とも200億円とも言われる。だが、企業側は要求をのむしかない。グローバル企業からの受注で納品の遅延があれば、もっと高額なペナルティーが科されるからだ。

 この件は裕元と東莞市や広東省との間で雇用条件をめぐる「暗黙の了解」があったとされるが、労働者側との間に立って裕元を守る人はいなかった。

AERA  2014年6月9日号より抜粋