火曜日夜7時過ぎ。地下のカフェに続く階段を、仕事帰りの30、40代男女が続々と下りていく。集まった12人が、料理やアルコールの並ぶ大テーブルに着くと、各自、ペンケースから愛用の万年筆を取り出した。
「このモンブランは、中学生の時にお年玉をためて買ったんだけど、書き味がなめらかで最高」
「このアンティーク万年筆は胴体の部分のマーブル模様が絶妙なんだよね」
名刺の代わりに、万年筆を見せあいながら、熱く語りだした。ここは、東京・表参道にある、その名も「文房具カフェ」。文房具の卸を行う東光ブロズが2012年6月にオープンした。カフェに文房具のセレクトショップを併設し、文房具愛好家向けのイベントも企画する。ちなみに、この日開かれていたのは、「仕入れ会議」という交流イベント。「文房具カフェに置きたい初心者向けの万年筆は?」というお題で、有志が約2時間半、持論を語り合った。
彼らのような文房具好きを、「ブンボウガー」と呼ぶ。受験勉強などを機に文房具愛に目覚め、筆記具をコレクションしたり、新製品の比較研究をしたり、様々なアプローチで文房具を愛でる人々を指す。ここ数年、書いた文字を消せるボールペン、針なしステープラーなど、ヒット文房具が次々生まれ、こうした文房具愛好家の裾野が広がっているようだ。
文房具メーカーも、ブンボウガーたちの使い心地やデザインへのこだわりを徹底的にリサーチ、より斬新なアイデアを求めて、熱い戦いを繰り広げている。
商品開発にとって、一つの重要なファクターは、「ユーザーが何に困っているか」に気づくことだ。11年2月に発売され、まもなく累計300万冊、10億円を超す売り上げを記録する、キングジムの「ショットノート」(メモパッドSサイズ399円)はその好例だ。
ショットノートは、一見何の変哲もないノートだが、実はすごい工夫がかくされている。書いたメモをスマートフォンに手軽に取り込めるスーパー情報管理ツールなのだ。まず、専用のアプリをスマホにダウンロードして、メモなどを書き込んだノート部分を撮影する。すると、紙面の四隅に印字されたマーカーが、スキャンの範囲を指定する印となり、自動的に余分な写り込みを削除して、ノート面だけの画像にしてくれるのだ。多少のゆがみや明暗も補正され、美しく読みやすいメモデータが完成する。商品開発には、実はこんな秘話がある。
「開発チームのメンバーにノートの整理をするのがとにかく下手な人がいたんです(笑)。前回のミーティングのメモを見ようと、彼女がノートを慌ててめくっている様子を眺めていて、これだ!と思いました」
商品開発部開発四課リーダーの遠藤慎さん(29)は振り返る。遠藤さんは08年ごろから、20代の有志メンバーとともに、同世代のビジネスパーソン向けに、効率よく情報管理ができて、スキルアップにもつながる文房具が開発できないか話し合っていた。ビジネス誌などでも、ノート術や手帳術の特集がたびたび組まれ、2千~3千円台の海外ブランドのノートが流行していた。クオリティー重視のノートは売れる、と手ごたえを感じた遠藤さんらは、早速ノート開発に着手した。
情報を簡単に整理でき、過去のページをすぐに探せるようにするには、どうすればよいか。インデックスをたくさんつけるなど、いくつかのアイデアが出されては消えた。おりしも、スマホブームが到来。遠藤さんは、普段から、ノートのメモをスマホで撮影し、メールに添付して送って、情報共有することが増えたことに気づく。でも、普通に撮ると、画面がゆがんだり、切れたりして、イライラすることが多い。そこで思いついたのが、誰かと話しながらでも、簡単かつ美しく、メモをスマホに取り込めるノートだった。
※AERA 2013年9月30日号