ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は映画「パラサイト」について。
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よめはんが勝手に持ち込み、わたしが世話をしている仕事部屋の胡蝶蘭(こちょうらん)が開花しはじめた。三十鉢のうち二十鉢に花芽がついていて、ピンクの花から咲いていく。白い胡蝶蘭はどれもまだ蕾(つぼみ)だが。
庭の火鉢や水槽のメダカも天気のいい日は水面にあがってきて餌を食いはじめた。池の金魚はボーッとした顔で日向(ひなた)ぼっこをし、スズメは集まってきてチュンチュンと騒がしく餌台の餌をついばむ。
毎週、土曜と日曜、市の体育館のコートを借りてテニスをしている。メンバーは爺ばかり約十人。みんなゴキブリのごとく元気に走りまわる。わたしもこれは健康のためだと自分にいいきかせて極寒の日も強風の日も原付バイクに乗ってコートへ行く。ゲームの待ち時間、寒さに震えることが少なくなってきた。春の近さを感じる──。
そんなある日、よめはんが仕事部屋に来た。いつものごとく「なにしてんのん」と訊(き)く。
「鼻毛を切ってます」そう、わたしは凹面鏡を机において鋏(はさみ)を使っていた。
「なんで切るの」「伸びるから」「伸ばしといたらええやんか。髭(ひげ)とつながるんやから」「あのね、そうまでして、ひとを笑わせるサービスはせんのです」
「なんや、おもしろない」
よめはんは鏡を覗(のぞ)き込んだ。「くんくん、なにか臭う。……頭、臭いよ」
「風呂入ってますけど。毎日」「ちゃんと洗うたん?」「ごしごしとね」
わたしは二十歳のころから五十年、固形石鹸(せっけん)で頭を洗っている。もちろん、リンスもトリートメントもしない。シンプル・イズ・ベストだから。
「そうか、これは加齢臭なんや」「彼・異臭ですか」「あほなこというてんと、映画に行きますよ」
『パラサイト』を見るといい、よめはんは部屋を出ていった。わたしは着替えをして、首のあたりにコロンをふった。