落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「逃亡」。
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正月からハイペースで仕事をしている。4月まで休みなしだ。来るがままに仕事を受けていると、こういう事態になるのである。私もどこかの誰かのように『逃亡』したくなってくる。
例えば1月17日。昨夜日付が変わるまで飲んでいたのに、朝5時30分起きで、8時からニッポン放送で生放送のラジオ。完全に自業自得だが二日酔い。顔もむくんで声も本調子じゃない。……逃げたい。問題はどの時点でトンズラこくか、だ。タクシーが迎えに来てくれるのだが、これを巻いてしまおうか。いや、事前にタクシーチケットはもらってるからそれを使って遠くへ行こう。3万円分までは行けるはず。およそ100キロの移動が可能だ。調べてみると、都心から行けるのは沼津・甲府・前橋・宇都宮・水戸辺り。沼津、甲府は仕事でよく行く。水戸は昔、駅前で若者に絡まれて怖かったからよそう。前橋、宇都宮は……べつにいいや。水戸の手前に大洗があった。そうだ。昨日の飲み会で「本場のアンコウ鍋、食いてえなあー」と酔って叫んだの思い出した。「大洗に行ってくれ」と私。
「有楽町はいいんですか?」「……今日はいいんです」。運転手が心配してラジオのダイヤルを合わせてくれると、「本日一之輔さんは体調不良でお休みです」とラジオのパートナー。携帯に無数の着信があるが、そんなもの茨城のアンコウにのみ込まれてしまえ。昼前に大洗に着く。とにかくアンコウ鍋を食える店を探そう。ランチメニューだが、そこは奮発して鍋。「アンコウ鍋は2人前からになります~」とつれない店員。それならばと店の外で待機している運転手を呼び込む。「……いーんですか?」「いーんです。付き合って!」