「以前、ある方から聞いたんです。その場所に行くということは、行かされるということなんだ。たとえ仕事で行くのであっても、そこに行く意味があるんだ、と。木曾福島は山岳信仰の場所だけあって、本当に心が静まり、妙に落ち着きました。もう一度行って、自分の時間の中で、行かされた意味を感じ取りたいと思います」
神々しさすら感じられる中で撮影された今作だが、常盤さんの役柄は、穏やかだけとはいいがたい。
死を意識した老齢の渡世人(仲代達矢)が30年ぶりに故郷の木曾福島に戻り、自身が不在の間に起きた衝撃の事実を知って、贖罪の気持ちを強くする物語だ。
劇中、常盤さんがカッと目を見開き鬼の形相で、年老いた渡世人に「私はあんたを憎んできたんだ! 子どもの時分からずーっとさ」などと口汚く罵るシーンが延々と続く──。
常盤さんは激しい怒りの一方で聖母のような優しさを、仲代さんは渡世人としての凄みと老いによる衰えを演じて、芸達者ぶりを示している。
「仲代さんは、お芝居はもちろんですけど、人としてすごいなあと感動しました。スタッフへの姿勢が素晴らしいんです。キャリアを考えれば、撮影現場ではどうみても一番じゃないですか。でも一番下であるかのようなたたずまいでいらして。一人ひとりに真摯に向き合って、ちゃんと話を聞いてくださいました」
常盤さんも仲代さんと撮影の合間に話をしたという。
「色々とお話ししてくださいました。黒澤組の話などは、(共演した)佐藤二朗さんと大興奮しながら聞かせていただきました」
大先輩から演技面で学ぶことも多かった。二人で台詞のやりとりを交わすシーンでのことだ。
「私は台本を読んで、仲代さんのある台詞がわからなかったんです。ちょっと引っかかる感じがして。その台詞を仲代さんがどう表現されるのか、すごく楽しみにしていました。仲代さんはその台詞を変えることなく、発してらっしゃいました。自然な形で心がちゃんと繋がってるので、ああすごいなあと感動しました」