もう一つ行ってみたかったのが、「北ホテル」。往年の名画に登場するそのホテルは、パリ北部のサン・マルタン運河の畔に建っている。
庶民的なその町で人々が交差する雰囲気に浸りたくて、曇天の午後訪れた。映画に登場する人物の絵を飾り、バーもレストランも静かだった。目付きのするどい男の従業員にショコラを頼んだが、私たちの他に客は居ない。
運河に観光船が来て水位を調節して去っていった。マロニエの実を一つ拾って土産にすることにした。
なぜ人は火災の現場や、大事故が起きるとそこに駆けつけたくなるのだろう。
すでに日常になってしまっている風景が非日常の姿になっているのを見て、かき立てられるものがあるのだ。日常になっているものは忘れ去られていくのに。
※週刊朝日 2019年11月29日号