由紀:当時、歌謡曲といえば、作曲家の先生の内弟子にならないとデビューの道が開けなかった時代なので、「中学を卒業したら内弟子に入りなさい」と言われたけど、私が「高校に行きたい」と言ったら、母が「娘がそう言ってるので、そうさせてください」と言って高校に行かせてくれたんです。風が強いときには必ず母が守ってくれましたね。
林:素晴らしいです。お姉さまと二人で歌うようにすすめたのもお母さまなんですよね。デビュー15周年のときに。
由紀:そう。母の深慮遠謀だったような気もするけど、「二人で歌ってほしい」って。お姉ちゃんはクラシック、私は歌謡曲だったけど、「いい歌に変わりはないじゃないの」というのが母の口ぐせだったんです。
林:「NHK 紅白歌合戦」にも何度もお出になりましたけど、アカペラで歌われていましたよね。
由紀:ええ。私はソロとして13回、お姉ちゃんとは10回出させていただいてますけど、「赤とんぼ」を3回歌ってるんですよ。アカペラで歌うときは、姉と「同じ精神性を持とう」ということで松島湾(宮城県)に昇る朝日を見に行きました。私一人で出させていただいたときも「赤とんぼ」は2回歌っていて、北島(三郎)先輩とトリをとったときは、歌の出だしをアカペラで歌って、お姉ちゃんもアンサンブルで参加してくれました。
林:今、歌手の皆さんって、歌うときにイヤホンをつけてるじゃないですか。あれでカウントをとってるんですね。
由紀:あれは自分の声を耳に返しているんです。ドームのコンサートみたいに大きい会場だと、自分が歌った声が向こうの壁にぶつかって、エコーみたいにして遅れて戻ってくるんです。その音に引きずられちゃうから、自分が歌ったテンポをキープするためにイヤモニ(イヤーモニター)で自分の声を返すようになったんじゃないかと思うんです。
林:なるほど。そうなんですか。
由紀:でも、今は300人ぐらいのホールでも皆さんイヤモニをして歌うから、私はそれが気持ち悪くてね。私は後ろにいるバンドの皆さんの生の音を聞き、自分の声を聞き、ホールの音の響きを感じながら歌ってきたから、イヤモニは逆に難しいんです。今はそれがあたりまえとして音楽番組をつくる時代になっているので、私はもうこういうところでは歌えないというのが正直な気持ちです。
林:まあ、そうおっしゃらずに。
由紀:今、電車に乗ると、前に7人座ってたら、7人ともスマホでゲームとかメールをやったり、音楽を聴いてるでしょ。みんな個の世界にいて、人の声とか雑音が聞こえないんですよ。でも、自分が雑踏の中の一人を感じるって、すごく意味があることだと思ってるんです。