御厨:象徴としてのお務めとは何かについても、改めて考える時期に来ていると思う。国事行為だけをしていればよいとは、もはや国民も思っていないでしょう。戦争や災害の犠牲者に対して慰問をするお務めは、上皇さまは自分が作り上げたものと繰り返しご発言されて、今上天皇に対してもすべて引き継いでほしいと主張されている。でもご本人が、それができなくなったので辞めると言っているのに、次の天皇にすべて引き継がせるというのは、今上天皇が同じように年老いたときに無理が出るだろうと、有識者会議でも議論が出ました。もっとも「定年制」の議論は、人それぞれに個性差があり無理だろうと、有識者会議では採用になりませんでした。

石川:政治との距離感も注目すべき点ですね。政権側も象徴をめぐってすでに動きだしています。安倍首相が今上天皇に内奏した写真を官邸が公開し、先手を取ったような印象を受けました。象徴というのは本来、取り合いが起きるものです。

御厨:政権内には上皇さまのお言葉はいきすぎだと考える人もいるし、宮内庁に対して嫌悪感を示す人もいる。天皇家と政権の対立構造は少なからずある。

石川:しかし、民主主義・立憲主義・平和主義からなる日本国憲法体制の下で、天皇が居場所を確保するためには、前の天皇がそうなさったように、民主主義以外の立憲主義と平和主義を体現してみせる仕事に精を出すほかない。憲法が用意した一つの政治の形の中で天皇家が生き残ろうとする戦略を、今後、国民がどう受け止めていくか、ということになるのではないか。そのうえで、今上天皇は国際性を加味して、新たな象徴性を模索しているのだと思います。それによって皇后さまの居場所も作り、今のところ成功している。政権がリードするような方向ではなく、憲法に適合する象徴性を自らバージョンアップしていこうという考えをされているのだと受け止めるべきでしょう。

御厨:今回、退位を実現した特例法をめぐる議論で、イニシアチブをとったのは上皇さまだった。国民の前にマイクを持って立つという、通常では考えられぬことをやったわけだから。政権側はもう二度とさせまいと思っているでしょう。こういう問題が起こると憲法改正の話になるが、天皇問題に対して国会議員たちは、必ず自分たちがやると言いだす。きちんと議論してもらうために、いろんな要素を花火のように打ち上げておく必要があります。上皇さまも、危うい議論に球を投げ続けるはずです。

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