ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「吉田美和」さんを取り上げる。
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天皇陛下即位30年を祝う祭典でMISIAさんが歌っていました。昨年の紅白での熱唱も記憶に新しいところですが、あの伸びやかでソウルフルな歌声を聴いていると、日本の音楽シーンが平成の30年間に辿り進んだ様(さま)をしみじみ感じます。流行歌や歌謡曲を経て『J‐POP』なる言葉が生まれた平成。戦後のアメリカ至上主義的な概念のもと、独自の発展をしてきた日本の商業音楽が、いよいよ欧米と肩を並べることを意識した平成。
特に女性歌手のディーバ化は、平成ならではの産物です。もちろん、美空ひばりさんを筆頭に弘田三枝子さんや吉田美奈子さん、アン・ルイスさんやNOKKOさんといった歌姫たちは、昭和の時代から各ジャンルにたくさんいました。しかし、日本人が長年抱き続けてきた音楽的ポテンシャルに対するコンプレックスを、あくまで『消費しやすい切り口』で打破したのが平成のJ‐POPであり、中でも平成元年にデビューしたドリカムの吉田美和さんはその象徴と言えるでしょう。
『日本人離れ』。この言葉にどれほど私たちは焦がれてきたことか。その一方で『外国かぶれ』を笑い目の敵にしてきたのも事実です。そんな中、突如現れた吉田美和という歌手は、文字通り日本人離れした声量と声域で、日本人離れした音階とリズムを巧みに操りました。さらに黒人ソウルシンガーを彷彿させる英語のフェイクを乱発する姿は、日本人が想い描く『洋楽っぽさ』の極みでした。『日本の歌謡曲が晴れて洋楽になった』という点で、それはまさにDREAMS COME TRUEだったわけです。それでも吉田さんが『外国かぶれ』と見做されず、あれだけの国民的歌手になり得たのは、ひとえに彼女が『超日本人体型の黒髪の北海道出身の普通女子』だったからに他なりません。だからこそ余計に「ついに日本人もここまで来たか」感が際立った。仮にこれがちょっとでも茶髪だったり帰国子女だったり8頭身とかだったりしたら話は変わっていたはずです。