滅多に寄席に出ないベテラン師匠が前座さんに「アトナシなら『ダルマ』放るから引いとくれ」と言ったそうな。その前座さん、「は? ダルマ?」。『ダルマ』とは羽織の符丁です。今はほとんど使いません。「ダルマもわからねえのか! 羽織だよ!!」「なんでダルマなんですか?」。沈黙10秒。「……とにかく引け! あとが来たら教えろよ!」と言って師匠は上がっていきました。

 師匠が袖に羽織を投げました。が、お爺さんは肩が弱くて羽織が袖まで届きません。中途半端な位置に羽織が取り残されてしまいました。無理に拾いに行けばお客からまる見え。困った前座はモップの柄を使って、袖から羽織を手繰り寄せようとしましたが、上手く引っ掛かりません。5分弱の悪戦苦闘。師匠からは見えませんが、お客さんからはまるわかり。必死の思いで羽織を釣り上げた瞬間、客席は拍手喝采。お爺さん師匠は訳もわからず、「今日の客は感度がいい!」と喜んでいたそうです。

 ただ師匠の羽織は高座の床板のササクレに引っ掛かり、糸がほつれて悲惨な状態だったとな。やっぱ、私は放るのよそう。あと私のサインはまだ売れてない。私の心もササクレだって、引っ掛かりぱなし。おあとがよろしいようで……良くないよ!!

週刊朝日  2019年4月26日号

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