落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「サイン」。
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以前、私のサイン色紙がネットオークションで売られていました。値段は500円。ちょっとムッとしつつも「俺のサインなぞ売れるわけないだろ?」と強がって半笑い。2日後、気になって覗くとまだ買い手がつかないまま……。自分のあずかり知らないところで、赤の他人に「かく必要のない恥」をかかされている状況。いっそ自分で入札してやろうかと思いましたが……なんとかとどまりました。でもこれ、夜中だったら危なかったなー。電車のなか、売れたかどうかを携帯でチェックすること数日間。情けな。夢中になり電車を乗り過ごし、寄席に遅刻しそうになりました。危な。
寄席は、自分の前の演者が高座に上がる前に楽屋入りするのが暗黙のルールです。「おあと(後の演者)」がいるのを確認してから高座に上がらないと不安でしょ? 「おあとがよろしいようで」という常套句は、「俺、上手いこと言ったろ!?」とドヤ顔している落語家のイメージですが、それは間違い。「あとの演者の支度ができたので代わりますね」という意味なのです。つーかそんなセリフ、言わねー。実際に言ってる同業者見たことねー。完全にファンタジー。
「おあと」がいない場合は、前の出演者が持ち時間をオーバーして「おあと」が到着するまで繋ぎます。ですから、「おあとがよろしい」時点で、今高座に上がっている演者にそれを知らせなければいけません。これは楽屋で働く前座の役目。今は、高座袖から鉦(かね)を「チーン」と叩いて『サイン』を出すことが多いです。「チーン」が聞こえたら上手い具合に噺を切り上げて「おあと」と交代。プロだねー。
昔はよく『サイン』に羽織を使っていたそうです。「おあと」がいない状況で高座に上がった演者は、羽織を脱ぐと高座袖に向かってそれを放ります。「おあと」が到着したら、前座がその羽織を片付ける。それが「おあと」到着の『サイン』。今はほとんどやりません。なんでだろ? 粋な感じでいいけどなぁ。