来客数は、主催者側の予想を大きく超えて、250人あまり。浅沼さんが発信したSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にも、大きな反響があった。手応えを感じた川井さんは意気込む。
「できれば認知症の人たちがいつでも働ける場、居場所を作りたい。今度は常設カフェを目指します。Tシャツもエプロンも作ってしまいましたしね(笑)」
そもそも、「注文をまちがえる料理店」という一風変わった店は、当時NHKのディレクターだった小国士朗さんが、番組づくりのなかでグループホームに暮らす認知症の人たちと出会ったところに端を発する。
「グループホームでお昼をいただくことになって。昼食はハンバーグと聞いていたのですが、出てきたのはなんと“餃子”。ひき肉は使っているけれど、全然違うじゃんって(笑)。でも、誰一人それを気にせず、おいしそうに食べているんですよね」(小国さん)
その場にいる人が受け入れれば、間違いは間違いじゃなくなる……。そのときにひらめいたのが、このネーミングと企画だった。それが2012年のこと。5年後の17年にはアルツハイマーデーを前に3日間にわたって「料理店」を開催し、大きな話題となった。
小国さんがまいた種は、この思いに共感する人たちに瞬く間に届き、国内どころか世界で芽を出し、花を咲かせつつある。国内では湯河原のほか、京都や岡山の倉敷、東京の町田などでも開かれ、韓国や英国などでも試みられている。3月には厚生労働省の職員用食堂でも同様のイベントがあり、議員らも立ち寄った。
「僕らメディアの責任もあるけれど、認知症というと『徘徊』とか、『暴言』とか、そういうネガティブなイメージが強い。確かにそういう一面もあるかもしれませんが、話すと楽しい、おもしろいという一面だってある。僕らのような素人がこういう形で認知症の人と出会えたら、ハッピーだと思うんですよね」(同)
認知症の人を働かせて見せ物にしている……。そんな声がないわけではない。「まちがえる料理店」というネーミングにも眉をひそめる人たちもいる。だが、湯河原で豆腐屋カフェを主催した川井さんは言う。
「“間違える”という部分だけ切り取ってしまえば、誤解が生まれるかもしれません。でも、趣旨を理解したお客さんがスタッフの立場に立って、ときに手を差し伸べ、ときに温かい表情で見守る。多くの人たちにあのスタッフの表情や店の雰囲気を見て、感じてもらいたい」
豆腐屋カフェのスタッフの一人、洋子さんは戦時中に生まれ、若いときには病院の食堂で働いていた。
「人と接することはとてもいいことだし、いろんなことを学べる。今日はちょっと疲れましたが、(働きに)来てくださいって言われたら、またやりたいわ」
(本誌・山内リカ)
※週刊朝日 2019年4月12日号