もし、あのとき、別の選択をしていたなら──。人生の岐路に立ち返ってもらう「もう一つの自分史」。今回は俳優の小野寺昭さんの登場です。1972年にスタートした国民的ドラマ「太陽にほえろ!」の“殿下”役で人気を博しましたが、デビュー前は俳優養成所の試験にことごとく落ちたそうです。努力を重ねて人生を切り開いた苦労人でもあります。
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高校卒業後に俳優を目指して上京したものの、養成所の試験に落ち続けたんです。俳優座だけじゃなく、劇団民藝も文学座も受けたんですが、全然受からなかった。俳優座でも最終選考まで行ったのは覚えてるんですが。
受験のときは高橋長英さんと番号が隣でした。彼は横浜生まれで、僕が控室でセリフの練習なんかをしていても「どうせやったってしょうがねえよ」って悠然としてる。カッコいいなあ、オレは田舎者だからなあって思った。やっぱり彼は受かって僕はダメでした。
もしも俳優座に受かっていたらどうなっていたかなあと、いまも思いますね。受かっていたら花の15期生──前田吟さん、小野武彦さん、村井国夫さん、地井武男さんや原田芳雄さんたちとも同期だったんです。まあ、そうそうたる役者たちの中で自分が生き残れたかどうか。それもわからないですけどね。彼らがどんどんテレビに出ていくなか、どこかで「あいつらに追いつけ、追い越せ」と励みにしていた部分もある。
結局、僕は大学や劇団の養成所でしっかり演技を学ばず、いわば一匹おおかみでやってきた。だからいま、若い人たちにも「基本、役者は自分一人で努力するしかない。自立できる演技者になってほしい」と教えているんです。
――北海道帯広市出身。公務員の父親が地元でアマチュア劇団を主宰していたことが、俳優を志した原点だ。
昼間は働いている大人たちが夜に集まって公民館などで芝居をする。のぞきにいくと、舞台の上では彼らが別人に見えたんですよ。「え、このおじさんがこんなふうになるんだ!」と。