西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。死ぬまでボケない「健脳」養生法を説く。今回のテーマは「身心の放松(ほうしょう)」。
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【ポイント】
(1)年をとると自然に脱力になじんでくる
(2)脱力は武道や気功でも重要なポイント
(3)身心の脱力で秩序が向上し機能が高まる
「人生の楽しみは後半にあり」とこの連載の初回に述べました。年をとる(老化する)のは悪いことではないというのが、私の持論です。年をとることがプラスに働くことも少なくないのです。
そのひとつが、力を抜くということでしょう。この「脱力」は、若い頃には難題です。ところが、年をとるにつれて自然に力を抜くことになじんできます。
といっても、逆に老いてからことさら強情になり気持ちに力がこもりすぎてしまう人も、いないわけではありません。
貝原益軒も『養生訓』の中で「いかり多く、慾ふかくなりて、(中略)心をみだす人多し」(巻第八の5)と語り、老いてから力が抜けないことを戒めています。もっと、素直に脱力の方向に老いていくことが大事でしょう。
脱力とは武道の極意でもあります。私は大学時代に空手部に所属していました。流派は和道流。その基本中の基本の稽古は「順突き」です。「ぷすっ! あとは楽(らぐう)に!」という師範の声が道場の天井に響いていたのを思い出します。「楽に」が「らぐうに」と聞こえるのです。突いたあとはすぐ力を抜く。これぞ和道流空手の極意なのです。
外科医になってからは八光流柔術をやりましたが、これも力を抜くことが極意でした。
この柔術は、相手の急所(経絡や経穴)に手がかかった途端に自分の臍下丹田から気を一気にそこに運んで相手を倒すのです。そのとき自分の手の力が十分に抜けていないと威力を発揮できません。そのため、道場で立ったままで一気に全身の力を抜く練習を何度もしました。畳にへたり込むのが、けっこう痛かったのを覚えています。