SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回は「混んだバスで」。
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改札を通ったとたんに、構内アナウンスが入った。
「ただいま××駅で人身事故が発生し……」
全線不通になるというので、仕方なく昭和君を伴っていま入ってきたばかりの改札を出ると、目の前を市バスが横切った。行き先表示は目的地の近くである。
「乗るぞ!」
バス停まで走って飛び乗ると、幸い昭和君が好きな先頭の座席が空いていた。背後の荷台のようなスペースにバッグを置いて昭和君を膝に抱えると、運転手の声がした。
「そこ、荷物置けないんですよね」
不機嫌を丸出しにした、威圧的な声だ。横顔をチラリと見ると、細い眉毛を吊り上げた、いかにも怒りっぽそうな顔つきである。
仕方なく、バッグを窓と座席の間に滑り込ませる。すると、またしても運転手がアナウンスを入れた。
「そこ、通路が狭いんでもうちょっと奥に入って」
今度は中年の女性が注意された。嫌な感じだ。
駅を出発してからいくつかの停留所に停車するうち車内は徐々に混み始め、やがて乗車口を入ったはいいが、料金箱の奥へ進めないほど混雑してきた。
「立ち止まらずに、奥までお進み下さい」
運転手の声が車内に響く。胸につけたマイクが運転手の「チッ」という舌打ちや、「ハァー」というタメ息を余さず拾い上げている。
いくつ目かの停留所で、ヤンキー風の若い女性が乗ってきた。もはやデッキの端に乗るのが精一杯で、ドアが閉められない。
「そこに立たれると、ドアを閉められないんですよね」
「だったら奥に詰めさせなよ」
「だから、何度も放送してるんですよ」
車内に険悪な空気が漂い始めた。
次の停留所に着くと、料金箱の横に立っていたお婆さんが、か細い声を出した。
「前から降ろさせて下さい」