撮影が進んだころ、森下さんと二人だけになったときに、「ここが痛いのよ」と肩のあたりをさすっていたという。

 しかし、樹木さんはこうほほ笑んだ。

「でもね、大丈夫よ。この映画が終わるまでは」

 完成した「日日是好日」のプレミアム試写会が9月4日に都内であった。壇上に並ぶ出演者の中に樹木さんの姿はなく、手書きのメッセージを黒木さんが読み上げた。

<台風接近もともない 申し訳なく 涙涙でございます 心ふるえるような時をいただいております>

 文字の一部が崩れそうになりながらも、試写会の参加者に感謝の気持ちを込めていた。そこから10日あまりで、樹木さんはこの世を去った。

「お加減がよくないことは分かっていても、樹木さんなら奇跡を起こしてくれるんじゃないか。心のどこかではそういう思いもありました。私だけでなく、多くの人がなんとなくそう思っていた気がします」(同)

 朝日新聞の連載「語る 人生の贈りもの」にも、樹木さんは登場した。5月25日掲載の最終回「人生、上出来でございました」ではこう語っている。

「ここまで十分生かしてもらったなあ、って思います。私、自分の身体は自分のものだと考えていました。とんでもない。この身体は借りものなんですよね。最近、そう思うようになりました。借りものの身体の中に、こういう性格のものが入っているんだ、と」

 死期を悟りつつ最後まで演じ続けた樹木さん。借りものを返した後も、その思いは、それぞれの人の心に残る。(本誌・太田サトル)

※週刊朝日オンライン限定記事