「ご病気であったことはもちろん存じ上げていましたが、まだお顔もふっくらとしていました。濃茶のお点前(てまえ)をご覧になったことがないというので、目の前でお点(た)てしました。樹木さんはメモをとりながら、じっとご覧になっていました。でもなぜか、そのメモは置き忘れていかれたのですが(笑)」

 撮影中は樹木さんが自身の控室に、「寒いからいらっしゃい」と、黒木さんや森下さんらを呼び、森繁久彌さんや向田邦子さんとの思い出話などに花を咲かせることもあった。

 樹木さんは茶道の経験が無く、「えらいもん引き受けちゃったわねぇ」と、冗談めかしたこともあった。監督やプロデューサーは、樹木さんに稽古をすすめたが、樹木さんはこう話したという。

「『お茶の心を理解するとか、そういうことから入ることはあきらめました』とおっしゃったんです。演技としてやりますので、直前に集中して覚えますと。以後、一切お稽古をなさいませんでした」(森下さん)

 ところが、撮影が始まり控室から現れた樹木さんは、ちゃんと「お茶の先生」になっていた。

「それまでお目にかかっていたときや、その日あいさつしたときの樹木さんではなく、『お茶の先生』でした。樹木さんが演じることで人物像が動き出すような感覚でした。お点前の手順などはあっという間に頭に入ったようでしたが、『終わったら脱ぎ捨てるように忘れます』と言っていました。そうしないと、新しいものが覚えられないそうです」(同)

 撮影期間は1カ月あまり。樹木さんは、いつも自分で車を運転して現場に来た。

「お気に入りの、どてらのようなカッコいい着物を羽織っていました。映画でコーヒーを入れるシーンでは、『これ着てもいいかしら』と提案していた。『ハンドクリームを塗りながら入ってこようと思うんだけど』といった、台本に書かれていないアイデアも出していた。それをお茶の先生がやっても大丈夫なのかと、聞かれました」(同)

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