聞こえが悪いと「コミュニケーション障害」「社会活動の減少」を通じて、さまざまな不利益に波及するといわれている。具体的には、うつや孤立、意欲低下(アパシー)、認知機能低下、脳萎縮、虚弱(フレイル)や転倒、日常生活動作(ADL)低下などが問題視されている。また、難聴により情報から閉ざされてしまうために、健康情報も少なくなり、それを使いこなす能力であるヘルスリテラシーも低下。その結果、治療や健康対策への対応も不良になると内田医師は言う。

「最近はテレビや新聞、雑誌などで健康や医療に関する情報が頻繁に紹介されています。これらの情報を選択したり理解したり、自分に活用する能力をヘルスリテラシーと呼んでいますが、難聴者ではこの働きが低いと指摘されています。医療費支出の増加、要介護または死亡リスクが高まるとさえ言われています」

 難聴は、厚生労働省の認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)でも、認知症のリスク因子のひとつとして挙げられている。冒頭で述べたように17年の国際アルツハイマー病会議でも注目すべき報告がされた。その内容は、「認知症のうち約35%は予防・修正が可能な要因によって起こると考えられる。予防可能なリスクは、高血圧や糖尿病、うつ、肥満、難聴など九つあり、なかでも難聴は認知症の原因の約9%を占め、予防できる要因のなかで最も大きいリスク因子である」というもの。

「これは、もともと難聴者の数が多く、高齢者のうち難聴者の占める割合が高いことが背景にあり、ほかのリスクと比較して難聴だけが特別に多いということではありません。しかし、社会の高齢化により今後さらに難聴が増加することを考えると、早めの対策が重要といえます」(小川医師)

 では、なぜ聞こえの低下が認知症に関係してくるのだろうか。

「耳から入る情報、つまり音や言葉は『思考』や『情動』と結びつきやすい特徴があります。単に音として聞くだけでなく、聞いた言葉から『悲しい』『楽しい』などの感情を抱いたり、その言葉への応答や行動を考えたりすることは、脳にとって大きな刺激になります。音の刺激により脳が活発に働くことで、認知機能が維持されています。ところが、聞こえが悪くなって音や言葉の情報が入らなくなると、脳は考えたり、感じたりすることがなくなり、それが認知機能の低下に結びつくことが考えられます」(同)

(耳の本・取材班)

※1 出典:「内田育恵ほか日本老年医学会雑誌49巻2 号222‐227 」

※週刊朝日2018年9月14日号より抜粋