名曲喫茶でのリクエストの正解は?(※写真はイメージ)
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 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「学生街の喫茶店」。

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学生時代、何が好きといって喫茶店ほど好きなものはなかった。

 一番よく通った喫茶店は、高田馬場駅から歩いて10分ほどの距離にあった「フォーレ」という名曲喫茶だ。

 名曲喫茶だのジャズ喫茶だのいうものは、もうほとんど絶滅してしまったに違いないが、大センセイが怠惰な学生だったころは、高田馬場周辺だけでも「らんぶる」「あらえびす」そして「フォーレ」と、三軒の名曲喫茶があったんである。

 えっ、名曲喫茶って何をするところなのかって? そりゃ、クラッシックの名曲を聴くんザマすよ。

 名曲喫茶の壁にはタンノイかなんかの巨大なスピーカーが置いてあって、客は全員スピーカーの方を向いて座り、店員さんがかけてくれるレコードの音に神妙に耳を傾けるのである。

 えっ、そんな堅苦しいところでコーヒーを飲んで何が楽しいのかって? そりゃ、自分がリクエストした曲がかかるのが楽しいに決まってるザマしょ。

「フォーレ」には夫婦だか兄と妹だかよくわからない40代前半ぐらいの店員さんがいて、プレイヤーの横に置かれた小さなノートに聴きたい曲名を書きつけると、だまーって順番にかけてくれたものである。

 そもそも名曲喫茶なんぞに入ろうという人は、ある程度クラッシックを知っている人だから、あまりにも有名な大曲、たとえばベートーベンの「第九」なんかをリクエストしちゃうと、「やれやれ、この何度となく聴いた曲をなぜここで聴かねばならないのだろうか」といった客の反応を招いてしまうことになる。

 さりとて、メシアンの「幼子イエスに注ぐ二〇のまなざし」をわざわざ「まなざし」と略して、しかも「Pfベロフ」などとピアニストまで指定してリクエストする御仁がいたりすると、「なんか、通ぶってんな」という雰囲気が店内に漲る。

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