いざ年金受給となって、怒りの声をあげる中小企業の社長が後を絶たない。会社で「社長」として働き続けていると、年金がもらえなくなる制度があることを知るからだ。「知識があれば、会社の将来を含めた対策がとれる」──「社長の年金」について啓蒙活動を進める社労士も登場している。
「年金が一銭ももらえないって言うんですよ。『どういうこと?』って思いました」
3月中旬、中部地方に住むA子さん(60)は金融機関お抱えの社会保険労務士の言葉に耳を疑った。A子さんの生年月日だと「特別支給の老齢厚生年金」を60歳から受給できる。金融機関が手続きを手伝ってくれるというので任せていたら、突然、「出ない」と言ってきたのだ。
「不動産賃貸の小さな会社を経営しています。当然、会社から月給をもらっていますが、そのせいだと聞かされました。しかも、『社長』をしている限り、もらえない状態が続くんだそうです。これまでも今も高い保険料を支払ってきています。いったい何のために払ってきたのか、と腹立たしい思いです」
会社で働きながら老齢厚生年金を受給する場合、月給の金額によって年金の支給が停止される仕組みがある(「在職老齢年金」)。A子さんが年金をもらえないのは、この仕組みで「特別支給の老齢厚生年金」全額が支給停止になると判断されたからだ。
「中小企業の社長さんは、A子さんのような人ばかりですよ」
こう話すのは、社会保険労務士で一般社団法人「社長の年金コンサルタント協会」代表理事の奥野文夫氏(54)だ。
「今は年金がもらえるようになる3カ月前に、日本年金機構から年金請求書が送られてきます。それで手続きをしようと年金事務所に相談に行って初めて、『現状では出ない』ことがわかって怒るんです」
怒る理由もA子さんと同じだ。奥野氏によると、年金がもらえる年齢になるまでに支払う厚生年金保険料は、社長期間が長いと「3千万円」を超すケースが珍しくないという。