1986年の年金大改正以降、最初は60歳代前半にだけ適用されていたのが、2002年に60歳代後半(65~69歳)の制度が新設され、07年にはその仕組みが70歳以上の人にも適用されるようになった。当時は07年4月以降に70歳になる人(昭和12年4月2日以降生まれ)が対象だったが、3年前の15年10月、とうとう昭和12年4月1日以前の生まれの人にも対象が広げられたのだ。
制度が複雑であるため、思わぬ「誤解」も生じている。関東地方に住む元社長B夫さん(70)は、これまで年金受給の手続きをしてこなかった。自分では「繰り下げ」をしているつもりだったが、会社を閉じて年金を請求すると、老齢厚生年金は思ったほど増えていなかった。
「60歳代後半も社長として働いていました。月給の関係で、一部が支給停止になっていたようです。支給停止された分は繰り下げの対象にならないんだそうです」(B夫さん)
こういうことだ。例えば老齢厚生年金額が月額10万円で、そのうち8万円が支給停止されたとすると、繰り下げ増額の対象になるのは受給できた「2万円」だけなのだ。仮に10万円全額が支給停止されていれば、繰り下げ効果は「ゼロ」になる。
奥野氏は年金知識が少ないままでは、このような誤解は今後も続くとして、次のように言う。
「まず仕組みを知ることが大切です。その上で、自分の対応を決めるのです。老齢厚生年金をもらいたい人は対策をとればいいし、仕組みを知った上でなら支給停止の道を選ぶのも一策でしょう」
対策は二つのルートに分かれる。一つは会社を退職して厚生年金保険の制度から外れること、もう一つはズバリ月給を下げることだ。役員の報酬改定は株主総会の決議が必要なため、年金受給が始まる前の株主総会までに対応を決める必要がある。
奥野氏によると、月給を引き下げるのにはさまざまな手法があるという。
「額面を引き下げるのが一番ストレートですが、工夫して法律上の『報酬』にならないような現金を会社から受けることができれば、収入を維持しながら対策がとれます。例えば、これまで会社に私財を貸し付けていれば、それを毎月、一定額返してもらったり、会社に建物を無償貸与しているのなら、正式に賃貸借契約を結んで適正な賃料をもらったりもできます」
しかし、それよりは、もっと本質的なこと、公的年金の受給が始まることをきっかけに、自分の生き方と会社の今後を考えてほしいという。
「要するに、社長にライフプランを考えてほしいのです。いつまで働くのか、後継者を育てて、どうバトンタッチしていくかのロードマップを作るのです。そうすれば、後継者の給料を増やすときに自分の給料を減らすなど、会社にとってもスムーズに後継対策を進めていけます」
「高い給料をもらっている社長の話。自分とは関係がない」と思われる方がいるかもしれないが、そうだろうか。
人生100年時代が叫ばれ、サラリーマン社会でも65歳超の雇用が議論され始めている。そんな時代に、「実際に働けば報酬によっては年金が減額される」ような制度が、はたして必要なのか。
早晩、制度のあり方が公の場で議論されるようになるはずである。(本誌・首藤由之)
※週刊朝日 2018年7月13日号
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