3、4曲目の「アマクサマンボ・ブギ」「嵐~星での暮らし~」は、AKB48などを手がけてきた武藤星児が制作と編曲にあたった。
前者は競馬好きだという前野ならではの曲だが、「東京ブギウギ」「買物ブギー」などのヒットを生んだ服部良一、笠置シヅ子へのオマージュとも言える。
後者は武藤が編曲を手がけたAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を思わせ、軽快なJ―POP歌謡への取り組みに意表をつかれる。「ロマンティツクにいかせて」も歌謡ポップス的だ。
元・森は生きているの岡田拓郎が制作、編曲を手がけた3曲はシリアスなアプローチ。花火大会や夏の季節感を歌った「夏が洗い流したらまた」には切なさが漂う。前野の歌をバックに踊っていたストリッパーに捧げたという「マイ・スウィート・リトル・ダンサー」はニール・ヤング風。フォーク・ロックからジャジーな展開になる。新緑の季節の新宿を描き出した「SHINJUKU AVENUE」は、70年代のフォーク・ロック、カントリー・バラード的な趣向による。
弾き語りによる「虫のようなオッサン」は、詩人としての前野の存在を印象付ける。どこか友部正人に通じるものがある。
残る4曲は以前から前野をサポートしてきたソープランダーズの石橋英子が制作、編曲を手がけた。従来の前野のイメージを踏襲し、詩人としての存在を際立たせている。「大通りのブルース」ではノスタルジックな情景への追憶と現在を対比させ、時代の変化を描き出した。はっぴいえんどなど70年代の日本語のロックへのオマージュがくみ取れる。
ジャズ喫茶のママが語る人生についての問いに、自問する自身を描いた「人生って」では、ワイルドなシャウトを披露。“どうして”という疑問が繰り返され、その答えを聴き手に委ねた「いのちのきらめき」は、ボブ・ディランの「風に吹かれて」を彷彿とさせる曲で、前野は甘く、優しい歌声で聴き手に問いかける。ラストの「防波堤」は、淡々とした歌唱が味わい深い。本作でのハイライト曲だ。
『サクラ』は、前野にとっての“歌謡曲”、さらには“歌手”としての歌への意欲的な姿勢を示している。力作だ。(音楽評論家・小倉エージ)
●『サクラ』(felicity/スペースシャワーネットワーク PECF―1150)