マエケンこと前野健太が4年半ぶりに出したニュー・アルバム『サクラ』を手にして、「アレ?」と思った。カヴァーを飾る写真は3ピースのスーツ姿。ボブ・ディランを気取ったサングラスはなく、いつものモジャモジャ頭ではなくて、2ブロックの8・2分け。
中身を聴いて、ますます「アレレ?」。木管楽器のジャジーなAORテイストや最新J―POP風のサウンドをバックに“歌手”としての存在を強くアピールしている!
シンガー・ソングライターの前野は1979年、埼玉県入間市生まれ。今年で39歳だ。2000年ごろから作詞、作曲を始め、07年に自身のレーベルからデビューアルバム『ロマンスカー』を発表した。
2作目『さみしいだけ』(09年)のあと、東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門で作品賞を受賞したライヴ・ドキュメント映画『ライブテープ』に主演。3作目の『ファックミー』(11年)が話題を呼び、映画『トーキョードリフター』にも出演した。
13年には、米国のミュージシャン、ジム・オルークに制作を委ねた『オレらは肉の歩く朝』と『ハッピーランチ』が話題を呼んだ。目の当たりにした街の情景を描く一方で、「ファックミー」「女を買いに行こう」「愛はボっき」といった楽曲が物語る性的な衝動、その情念的なほとばしりや歯がゆさを投げやりにわめきちらしてきた。
ところが、『サクラ』でのマエケンは違う。ロックバンド形式の演奏展開でなく、制作、編曲を4人に委ね、自身は“歌手”に専念した意欲作だ。
幕開けの2曲「山に囲まれても」「今の時代がいちばんいいよ」は、話題のグループ、ceroの荒内佑が制作、編曲を手がけた。
前者は、ファゴット、クラリネット、フルートなど木管楽器を使い、ぬくもりのあるジャジーなAORテイストだ。古川麦のギター・ソロも光る。前野は独特のやさぐれ感を漂わせ、冷静かつ丹念に歌っている。
後者は同名の弾き語りアルバムからの再演曲だが、ストーリー・テリング的な歌唱による。ヴァン・モリソンの『アストラル・ウィークス』を意識したというのにも納得する。