新田クリニックの在宅医療を受けたのは、2カ月間。日に日に調子が変わっていき、「赤ちゃんに戻っていくよう」(ユキエさん)な夫の姿に、不安と恐怖が押し寄せた。支えになったのは、医師の言葉だった。
「静かに送りましょう」
がんの進行に伴って出てくる痛み(がん性疼痛)は、医療用麻薬のパッチを貼って対応。夫は「痛い」とは一度も言わなかった。
好きなものを食べてもらい、食べられなくなったら点滴に変えた。その点滴も不要になる時期が近づき、外した。
「結婚して61年。夫の仕事の都合もあってなかなか一緒に過ごせませんでしたが、2カ月間はかけがえのない時間を過ごせた。笑えるだけ笑い、話せるだけ話した時間でした」(同)
新田クリニック院長の新田國夫さんは、ユキエさんの話に「在宅医療ってね、本人だけでなく、家族も含めて支える医療なんです」と表情を緩ませる。
「血圧を測り、聴診器をあてる、いわゆる“身体症状”だけをみるのが在宅医療の本質ではありません。在宅医療というと、どうしても看取りという話になりがちですが、それは結果にすぎません。本人も家族もどれだけ満足できたか、そこが大事なのです」(新田さん)
※週刊朝日 2018年5月4-11日合併号より抜粋