帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
気の正体とは何か(※写真はイメージ)
西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。
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【貝原益軒 養生訓】(巻第一の8)
人の元気は、もと是(これ)天地の万物を生ずる気なり。
是人身の根本なり。人、此気にあらざれば生ぜず。
以前にも述べましたが、益軒は養生訓のなかで、養生の道は気を整えることだと語っています(週刊朝日・2017年6月2日号)。
この気とは中国医学において中心的な概念なのですが、その正体は何かというとはっきりしません。物質なのかエネルギーなのか、それとも情報なのか原理なのか、よくわからないのです。「気は大は宇宙から、小は私たちの細胞の一つひとつにまで、あまねく存在する生命の根源物質である」というのが中国医学での気の定義です。養生訓ではこう説かれています。
「人の元気はもとはといえば、天地の万物を生じる気である。この気がなければ人はこの世に生をうけることはできない。そして生をうけたあとは、飲食、衣服、住居の外物の助けによって元気が養われて生命を維持していくのである。さらにはこの飲食、衣服、住居の類も、また天地の所産であり、生まれるも養われるも、すべて天地父母の大恩のおかげなのである」(巻第一の8)
かつて中国医学を学び始めたときは、気の正体を知りたくて、内外の書物を読み漁りました。しかし、結局は先ほど述べた定義が金科玉条に述べられているだけでした。
『「気」とは何か』(NHKブックス)の著書がある哲学者の故・湯浅泰雄先生は、「気という現象の理由がわからないからといって切り捨てるのではなく、現象そのものを事実として認めることが必要だ」とおっしゃっていました。私もその考えに賛成です。
西洋医学が臓器を見つめるものだとすると、中国医学は臓器と臓器の関係を見つめます。人体という場のなかで臓器はお互いの関係性で成り立っているのです。ですから中国医学は、個々の臓器だけに注目して修復するのではなく、それぞれの臓器の関係性のゆがみをとって治療しようとします。つまり人体という生命場の秩序を回復させるわけです。一方、西洋医学は個々の臓器の故障を直すことに専念しがちです。
エントロピーという熱力学の用語があります。秩序が壊れるとエントロピーは増大します。生命体にはそれとは逆に秩序を形成するメカニズムがあり、エントロピーを減少させます。
もう30年ぐらい前になりますが、北京大学で100人ほどの学生を前に講演したことがあります。その時の学生の冒頭の質問が「先生の気に対するご見解は?」でした。一瞬たじろぎましたが、「気の正体はわからないが、いずれにしろエントロピーを減少させる何かである」と答えました。
通訳さんがエントロピーを訳せないでいると、一人の学生が「シャンのことだよ!」と叫びました。すると学生たちが次々に「しゃん、しゃん」と呼応して騒然となりました。学生たちは私の回答に納得してくれたようでした。
※週刊朝日 2018年4月20日号