


社会風俗・民俗、放浪芸に造詣が深い、朝日新聞編集委員の小泉信一が、正統な歴史書に出てこない昭和史を大衆の視点からひもとく「裏昭和史探検」。今回は「ポン引き」。
【写真】キャバレー業者が、独特なボックスの中から呼び込みする様子
都市部では、夜の街の客引きを規制する動きが強まっている。未成年の女性をスカウトしてAV出演を強要するなど、それをやっちゃあおしまいよという輩が跋扈(ばっこ)しすぎたせいか。かつては、風俗の客引きであっても、客との間に阿吽(あうん)の呼吸があった。
* * *
東京・新橋のガード下で、客引き行為に対する警告ポスターを見かけた。イラスト入りで「STOP!! 客引き!!」。違反した場合は5万円以下の過料が科せられるという。氏名、住所、店舗の名称なども地元・港区のウェブサイトで公表する、とある。昨年4月施行の区条例だそうだ。
「サラリーマンお父さんの聖地」として夜ごとにぎわい、路地裏には風俗店も密集する新橋。確かにここ数年、しつこい客引きが問題になっているのは知っていたが、行政が対処しないといけない事態になっているとは……。
歴史を振り返れば、新橋はいつの時代も猥雑な雰囲気を醸し出してきた。特に終戦直後。「闇市」が立ち並んでいたときは、軍放出の物資などを取り扱うブローカーのような卸屋と、それを待ち構える露天商が集まり、芋の子を洗うようなにぎわいだった。
怪しげな旅館も立ち並んでいた。
「旦那さん、旦那さん。ちょっと遊んでいきませんか」「へっへっへ……。今夜あたり、いかがです?」
客引きである。「ポン引き」と呼んだほうが稼業の実態に即しているだろう。
語源は諸説ある。(1)ぼんやりした人を引っ張ってだますことから「ボンビキ」が変化した(2)ポッと出(田舎から初めて出てきた人のこと)を引くことから転化した(3)客の肩をポンとたたいて引くから……どの説ももっともらしく聞こえる。世間知らずの若旦那を意味する「ぼんぼん」を引くから、という意味もあるのかもしれない。
「でも、正確にはポンヒキ。ビキと濁らないのです」