だいたい石山は不要に怒らないのだ。

「ちゃんと教えたら怒鳴る必要なし。バントを失敗したらバントの練習をすればいいだけのこと。試合に負けたのは采配が間違っているからだ」

 これが石山野球の大前提である。誰にもわかる言葉で教え、選手には野球ノートをつけさせ、日々、反省と学習を促す。練習時間は他校が4時間ならば、うちは2時間で結構という。

「体も出来ていない高校生を長時間縛るのは無意味。密度のある練習の継続が重要」と、一切ブレない。打撃練習は金属バットではなく、木のバットを使って打たせている。

「腰を入れないと飛ばないから、パワーがつくし、ごまかしが利かない。木を使いこなせば金属は玩具みたいなものだ」

 グラウンド内には大型トレーラー仕様の最大級の古タイヤがある。廃品として関係業者からもらったものだ。そばには重量のある鉄パイプもある。選手たちは打撃練習の合間を見て、鉄パイプを握り、古タイヤをたたきつけている。

「予算がなければ、ないなりに工夫一つで有効な練習はできるんだ」

 パワー強化の一環で、腕っぷしだけでなく、しっかりと腰を入れてタイヤをたたかなければ、鉄パイプごとはじき飛ばされてしまう。原始的だが、効果は小さくない。

 内野の守備練習では、グラウンドの土をならすトンボを並べ、その状態でノックをする。打球がトンボに当たれば、跳ねてどこに飛んでいくかわからない。試合中に起こり得るイレギュラーバウンド対策で、ボーッとしていたら捕球どころか体に直撃することもある。集中を切らさずに頭を働かせていれば、体が俊敏に反応できるようになる。こんな発想で練習を組み立てる指導者は、おそらく石山の教え子以外は皆無であろう。

 石山の外部コーチ就任1年目の夏の甲子園出場を目指す埼玉大会が間近に迫っていた。まだ指導を始めて3カ月余りだが、すでにグラウンドには雑草一つなく整地され、選手たちはピアスを外し、町行く人にもあいさつをする変わりようだが、この短期間の練習だけで甲子園の土が踏めるほど高校野球は甘くはない。それでも、「ここまでアイツらは変わったんだ、きっと何かやってくれるはずだ」と、まわりの期待は盛り上がっていた。

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