東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝
東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝
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中日への入団が決まった松坂。背番号は99(c)朝日新聞社
中日への入団が決まった松坂。背番号は99(c)朝日新聞社

 西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、中日に入団した松坂大輔にこれまでとの立場の違いを意識してほしいと願う。

【中日への入団が決まった松坂大輔】

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 選手としてプレーしたいという思いで楽天を退団して西武に入団した松井稼頭央に続き、現役続行を希望してソフトバンクを退団した松坂大輔の中日入団が決まった。

 大輔とは入団テストに合格した1月23日の夜かな、電話で話をすることができた。元気そうな声を聞けてよかった。右肩の故障はそう簡単に全快することはないし、状態の上下は必ずある。だが、本人も一つずつ階段を上がる覚悟があるようで安心した。まずはキャンプで7割、8割と強度を上げる。そこで焦らないことだ。キャンプを乗り切ったなら、次は実戦の中でどれだけ投げられるか。「開幕から逆算して……」と考えたら、どこかで無理が生じる。森繁和監督も状態が上がるまで待ってくれるはずだ。

 稼頭央とも最近、食事をする機会があった。2人とも選手としてグラウンドに立ちたいという思いは共通している。だけど、これまでとは違う立場であることをしっかりと理解して行動してもらいたいというのが私の思いだ。違う立場とは「首脳陣と選手の間に立つ」ということだ。プレーヤーとして結果が出なければ、それでゼロというわけではない。稼頭央は「選手兼テクニカルコーチ」の肩書がついている。大輔は選手ではあるが、森監督から「背中を見せてほしい」と言われている。単なるプレーヤーとしてではなく、若手に経験を伝える立場にあるということだ。2人とも、自分から後輩に寄っていくタイプではないし「聞きたければ答える」というスタンスだから、なおさら強い意識で日々を過ごしてほしい。

 2人はおのおのの世代のトップを走っていたわけだから、将来は指導者として日本球界への貢献が求められるだろう。今、選手の立場として若手の微妙な変化を感じ取れるポジションにいる。だからこそ、接し方、言葉でどう伝えるかなど、引き出しを増やしてほしい。その経験は必ず指導者になった時に生きる。

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