帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
すぐれた医者を育てるにはどうすればいいか(※写真はイメージ)すぐれた医者を育てるにはどうすればいいか(※写真はイメージ)
 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒養生訓】(巻第六の31)
凡(およそ)医となる者は、先(まず)儒書(じょしょ)をよみ、
文義(ぶんぎ)に通ずべし。文義通ぜざれば、
医書をよむちからなくして、医学なりがたし。

 すぐれた医者を育てるためにどうすればいいのかは、長年の課題ですが、なかなかいい答えが見つかりません。

 益軒は医者についての考えを養生訓で様々に語り、そのなかで「およそ医者になる者は、まず儒書を読み、その文章の意味がわかっているべきだ」(巻第六の31)と言い切っています。

 このことは唐代初期の名医、孫思ばく※(そん・しばく)も言っていることだというのです。

「孫思ばくはいう。『凡(およ)そ大医となるには先ず儒書に通ずべし』。さらに『易(えき)を知らざれば、以て医となるべからず』ともいう。この言葉は信じるべきである。諸芸を学ぶためには、まず学問を基本にしなければならない。学問がなければ、技術に習熟しても学理にくらく、技術はそれ以上に高まらない」(同)

 儒書とは儒学を説いた書物です。ご存知の通り、儒学とは孔子が唱えた政治倫理思想を体系化したもので、中国の学問の中心にすえられています。

 日本では儒書のなかでも重要な書物である四書五経のひとつ、論語がよく知られています。易とは易経のことです。古代の占術を儒家が取り入れて体系化した書物で、四書五経のひとつにあげられます。その理論は陰陽の二元をもって天地間の万象を説明するものです。

 すでに述べたように(2017年12月22日号)中医学の理論の柱は陰陽五行学説です。ですから、まずは儒学ないしは易経を学んで陰陽五行の哲理を十分に理解してから、医学に進めというのです。

 
 振り返って、西洋医学の理論の柱はなんでしょうか。やはりその根本には西洋哲学があるはずです。しかし、西洋医学の医者が西洋哲学に通じているかというと、実に心もとないのです。

 ここで思い起こすのは1941年に大阪帝国大学で開講された「医学概論(医学の哲学)」の講座です。ベルクソンの研究者でフランス哲学者の澤瀉久敬(おもだかひさゆき)先生が初代講師でした。医師たるもの、すべからく哲学を身につけるべし、という大英断から生まれた講座だったのでしょう。

 ところが、開講した年の12月には太平洋戦争が勃発し、この医学概論への風当たりが強くなったのだといいます。哲学などという役に立たない学問にうつつを抜かしているときかということでしょう。

 このとき学生に対して澤瀉先生は「君たちも肩身が狭いだろうが、いまは気にするな。やがて哲学を身につけた良医になってお国に恩返しをすればよいのだから」と激励したというのですから、さすがです。

 私のように医療のなかに半世紀以上も身を置いていると、医者が哲学を身につけることの大事さが痛いほどわかります。

 医療という行為は、治療者の側に死生に対する哲学があってはじめて生きてくるのです。それを持たない医師、医療者は患者さんに真に寄り添うことができません。

 益軒、そして澤瀉先生の見識に頭が下がります。

※ばくの字は、貌に二点しんにょう

週刊朝日 2018年2月2日号

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帯津良一

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帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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