北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
北原氏が、「路上の空気」について論じる(※写真はイメージ)
作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は煽り運転により2人の命が奪われた事件をテーマに、「路上の空気」について論じる。
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今年6月、家族4人の乗る車が高速道路で煽られ、追い越し車線に無理やり駐車させられ、煽り運転していた男に暴行を振るわれたあげくトラックに追突され、娘2人の前で両親が亡くなってしまった。
この事件が頭から離れない。まるでその場に自分がいたかのように、全ての光景が一つひとつデジャヴのように、生々しく目に浮かんでしまう。
事件のきっかけは、パーキングエリアで、道を塞ぐように駐車していた男に注意をしたことだった。注意されたことに激昂した男が、高速で執拗に背後から煽り続けた。雨の夜だった。視界の悪いなか、背後から強く白いライトがピッタリと煽るようについてくるなんて、想像しただけで体がこわばってしまう。同乗していた女の子たちは、どれほど怖かったことだろう。
とはいえ、パーキングエリアでの諍いや、いらついた車が追いかけてくるさまは、恐らく車を運転する人たちにとっては全て既視感のある出来事なのではないか。少なくとも私は知っている。時速100キロ以上で前の車にピタッと張り付き強引に追い越したがる車など、高速ではほぼ100%出会うものだし、威嚇するように蛇行する運転手に、ひやっとしたことなど数え切れない。また追い越しざまに「はぁ?」みたいな表情で相手の顔を確認したがる威嚇系ドライバーは、かなりの確率でいる。
高速で両親が亡くなったのは、追い越し車線での停車中だった。直接の原因はトラックの追突だ。そのため当初、神奈川県警は過失運転致死傷容疑で逮捕していた。それが、メディアによって大きく報道され世論が高まったこともあったためか、横浜地検は男を危険運転致死傷罪で起訴した。上限が懲役7年の過失運転致死傷に比べ、20年と重い罪だ。遺族は歓迎しているという。
今後、司法がどのような判断を下していくのかはわからないが、この事件を最後まで見届けたいと思う。なぜなら私は、あの夜、もしかしたら「よくあること」として、チラ見した後もただアクセルを踏み続けていた通り過ぎるドライバーであった可能性があるから。自分自身が、“そういうこと”に鈍くなっていたから。他人の命を危険にさらしても誇示せずにはいられない力の正体を考えながら、そんな空気に慣れないための力について考えたい。
※週刊朝日 2017年11月17日号