クミコにとって、これまでになかった試みだが、異色作というわけではない。前作『AURA』同様、“大人にとってのポップス”を実践している。テーマは“ラヴ・ソング”だ。
アルバムの幕開けを飾る七尾旅人作曲の「不協和音」。主人公はパートナーに対し、何も不満はなく、嘘でもなくて“愛してる”。けれど、いつからか“不協和音”が聞こえ、心のきしみを覚える。夏の休暇という非日常と惰性に生きている日常の有り様を描くあたり、松本隆ならではの歌詞世界だ。
秦基博作曲の「さみしいときは恋歌を歌って」は、直球のラヴ・ソング。何度か深く傷つきながら、恋の魔力には逆らえず、新たな恋に出会い、一夜をすごして迎える朝。とはいえ、その3年後を思いやった時“一緒にいるかな”と、歌われる一節が意味深だ。その解釈は聞き手次第。世代を超えて受け入れられるに違いない。
ハナレグミの永積崇の作曲による「恋に落ちる」は、恋は盲目という言葉そのままに恋に落ち、理性をなくして堕落する様を描いている。ポップな甘いメロディーを軽やかに歌うクミコは初々しさもうかがえて実にキュート。
つんく♂作曲の「砂時計」は、不倫の関係を断ち切る主人公の切ない心情を描いた作品。クミコは主人公の追憶の様を丹念に描き出す。
元東京事変の一員で、アレンジャーやプロデューサーとして活躍中の亀田誠治が作曲した「枝垂桜」では、大人の恋を描いている。松本隆にしては珍しい情念的な世界。そのサウンドはドゥービー・ブラザーズを想起させるAOR風だ。
さらに、松本隆がフランツ・シューベルト作品に取り組んだ「セレナーデ」。松本曰く、失恋の歌が多い中では珍しい求愛の歌だとか。すっくと背を伸ばし、クラシック寄りの優雅な表情を見せたクミコの歌唱が印象深い。