松本の念願だったという横山剣との共作が実現したのは「フローズン・ダイキリ」。松本が「筒美京平の曲に詞をつけて、ビッグ・ヒットを生んだ時のような手応えがあった」と語る自信作だ。R&Bと歌謡曲のテイストが巧みにブレンドされている。裏町のバーで気ままな人生を振り返りながら、バーテンダーと語らう様子を描いた。横山自らもコーラスで参加し、やさぐれ感を醸し出している。気ままに自然体で生きてきた人生を後悔しないと語る主人公。クミコは自身の人生を重ね合わせたに違いない。伸び伸びとした歌いぶり。くつろぎの様さえうかがえる。
その「フローズン・ダイキリ」が歌謡ポップスの極みとすれば、まったく対照的にシリアスなのがアルバムを締めくくる菊地成孔作曲の「輪廻」。前世からさだめられた出会いを描いた作品で、タンゴのリズムに乗せて歌うクミコの歌唱からは、長く取り組んできたシャンソンの要素もうかがえる。ときに抑制を利かせ、ドラマチックな表現も見せ、巧みに歌いこなす。彼女のキャリアを集大成したかのような歌唱はりりしくいさぎよい。歌詞、メロディー、歌唱が三位一体となって緊張感をもたらす名演だ。
松本隆、そしてクミコは『デラシネ deracine』で、新たな一歩を記した。(音楽評論家・小倉エージ)
●『デラシネ deracine』(日本コロムビア COCP-40092)
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