ジョン・コルトレーン『ブルー・トレイン』
ジョン・コルトレーン『ブルー・トレイン』
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●とにかく、『ブルー・トレイン』を聴き込む

 タララララ~、ジャーンジャーン、タララララ~。

 過ごしやすい気候になってきました。思わず「ブルー・トレイン」のメロディが鼻歌まじりに出てくる今日このごろです。

 『コルトレーンを聴け!』文庫版の正式なタイトルが決定いたしました。題して『新・コルトレーンを聴け!』。“ゴマ文庫”(ゴマブックス)の1冊として、中山康樹さんの『新・エヴァンスを聴け!』(12月発売)の翌月、来年1月には店頭に並ぶ予定です。来年のことを口にすると鬼が笑うと言い伝えがありますが、むしろどんどん鬼を笑わせてやろうじゃないか、と前向きに燃えている私でございます。

 さて、前回はジョン・コルトレーンの『ブルー・トレイン』をいかに飽きずに繰り返し聴くか、というテーマでありました。そして主なポイントを7点、例示いたしました。

(1)コルトレーン唯一のブルーノート・リーダー作である
(2)1曲を除きすべてコルトレーンのオリジナル曲(自作)である
(3)ジャケットで変なポーズをとっている
(4)ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオで録音された
(5)録音当時、コルトレーンは30歳だった
(6)参加メンバーはコルトレーンの親友ばかり

 リー・モーガン(トランペット)、カーティス・フラー(トロンボーン)、ケニー・ドリュー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)

(7)いわゆる“シーツ・オブ・サウンド”の確立

 今回は(1)から(3)について解説しましょう。

●ブルーノートのコルトレーンが特別な理由

 ところで皆さんは、次のようなフレーズをご覧になったことがありますか?

「米だけでつくった純米酒」

「本物の純米みりん」

 えっ、日本酒って米からできるものなんじゃないの?

 みりんって米からできるものなんじゃないの?と思われる方も多くいらっしゃることでしょう。が、よく考えてみてください、フレーズの裏側を。レコードのA面を裏返すとB面になるように、10円玉をひっくり返すと平等院鳳凰堂が目に入るように、ものごとには光と影があるもの。つまりこの惹句は、「米以外のものも混ぜて作られた酒」、「ニセモノの純米みりん」も巷には存在するということを証明しています。

 そこで『ブルー・トレイン』の話に戻ります。

(1)コルトレーン唯一のブルーノート・リーダー作である

 要するにこれは、ブルーノート以外にコルトレーン名義のアルバムがたくさんあるということを暗に示しています。コルトレーンは57年5月にプレスティッジというレコード会社とリーダー契約を結び(限りなく専属に近い扱いだったといわています)、58年いっぱい、そこに録音を続けました。その間の57年9月、特例のような形で、ブルーノートに録音されたアルバムが『ブルー・トレイン』なのです。

 コルトレーンはプレスティッジに12枚もの単独リーダー作を残しています。しかしどの1枚として、ブルーノート盤を超える知名度、完成度のものはありません。それはなぜか?

 突き詰めて考えていくと、必然的に『ブルー・トレイン』を聴きかえすことになります。

●コルトレーンは作曲が不得手だったのか?

(2)1曲を除きすべてコルトレーンのオリジナル曲(自作)である

 歴史に残るジャズメンは大概の場合、代名詞的なオリジナル曲を持っています。コルトレーンの場合はどうでしょう?

 1960年以降、67年に亡くなるまで毎夜のように演奏した《マイ・フェイヴァリット・シングス》はミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の挿入曲です。61年から65年まで重要レパートリーだった《インプレッションズ》にしても、実際はコルトレーンの作曲ではなく、一種の“詠み人知らず”的なナンバーであったことは、アーマッド・ジャマルが50年代に録音した《パヴァーヌ》や、幻のサックス奏者ロッキー・ボイドが演奏した《ホワイ・ノット》を聴けば瞭然でしょう。

 はたして、コルトレーンは作曲が不得手だったのでしょうか?

 もちろん“ノー”です。その証拠が『ブルー・トレイン』の中に盛り込まれています。《ブルー・トレイン》、《モーメンツ・ノーティス》、《ロコモーション》、《レイジー・バード》、まさしくコルトレーン的名旋律の宝庫です。ただ、おかしなことに、同時期のプレスティッジ盤でコルトレーンが曲を書くことは殆どありませんでした。それでいてブルーノート盤では五分の四が彼の自作で構成されているのです。どうしてそのような“違い”が生じたか?

 突き詰めて考えようとすれば、必然的に何度も『ブルー・トレイン』に接せざるを得ません。

●悩みながらペロペロキャンディをなめる奇特な男

(3)ジャケットで変なポーズをとっている

 ちょっと悩んだような表情は、いかにも“ジャズの求道者”コルトレーンにふさわしいプロフィールではあります。しかし見れば見るほど不思議な体勢です。左腕をクイッと曲げながら(首筋がかゆかったのでしょうか)、右手の指の側面を口に当てるコルトレーン。熱心なファンなら誰もが鏡の前で真似した経験があることでしょうが、この体勢、じつに難しいのです。並の運動神経では無理、と、真似に失敗した者を代表して言わせていただきます。

 コルトレーンはなぜ右指を口に当てているのか?

 長い間、私にはそれが謎でした。が、真相は実にスウィートでキャンディなものでありました。コルトレーンはレコーディング途中、ペロペロキャンディ(チュッパチャプスのような)をなめていた。それをフランシス・ウルフが撮影して、そのまま“本番”に採用した。それが今、我々の見ることができる『ブルー・トレイン』のジャケットなのです。

 それにしても、これほどシリアスな表情でペロペロキャンディをなめる人間は、世界広しといえどもコルトレーンぐらいでしょうね。

 コルトレーンは、どの曲とどの曲の間の休憩でキャンディをなめたか? それを突き詰めて探求するのであれば、どうしても繰り返し『ブルー・トレイン』を聴かざるを得ない…かもしれません。