ジャーナリストの田原総一朗氏は、安倍晋三首相の言動に表立った自民党内から批判や反論が出ない現状を問題視する。
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5月8日の国会での安倍晋三首相の発言を聞いて仰天した。というよりあきれかえった。安倍首相は国会をどういう場所と考えているのか。
安倍首相は5月3日の憲法記念日に、改憲派集会にビデオメッセージを寄せた。その中で、2020年に改正憲法を施行する考えを表明し、しかも戦争放棄や戦力不保持を定めた憲法9条の1項、2項はそのまま残して、3項で自衛隊の存在を明記する、と具体的な内容まで披瀝した。憲法学者の7割が自衛隊は憲法違反だと主張しているからだという。
日本は言論の自由を憲法が保障している国である。首相が改憲を唱えるのは自由だ。だが、今は憲法審査会が行われている最中であり、その論議はあまり進んでいない。もちろん自民党議員も委員になっている。その審査会の最中に、首相が憲法改正の年限や具体的な内容まで公然と表明するのは、憲法審査会に対する裏切り行為ではないのか。
そんな裏切り行為に対しては、野党はもちろん、自民党内からも当然批判が出ると思っていたのだが、自民党議員からの批判は出なかった。
8日の国会で、民進党の長妻昭衆院議員が安倍首相の3日のビデオメッセージについて問うと、なんと安倍首相は、メッセージは自民党総裁として示したのであり、国会では首相としての立場でいるので、総裁としての提唱は説明できないという表現で説明回避をした。さらに、詳しいことは3日付の読売新聞に書いてあるので、それを読んでほしい、とまで言った。
安倍首相は憲法審査会の最中に憲法改正の年限や具体的内容を表明するのは首相としては問題だが、総裁としては問題ない、とでも考えているのか。自民党総裁を趣味の会の代表程度のものととらえているのか。そんなことがあるはずがない。政党の代表は国民から選ばれた議員たちが選ぶ。特に自民党の場合、選ばれたということは首相になるということだ。
安倍首相のような手前勝手な使い分けは、国民には通用しない。かつてならば、こんな言い方をすれば首相失脚であった。
それにしても、このような無責任な言い方に対して、自民党議員たちから強い批判や反論がほとんど出ないのはなぜなのか。かつての自民党は、常に主流派と反主流派・非主流派による論争や対立が生じていた。その意味では自民党は自由で民主的な政党で、首相や執行部に対しても批判や反論ができた。ところが、現在の自民党議員たちは、ほとんどが安倍首相のイエスマン、いや茶坊主になっているのだ。
森友学園問題にかかわる昭恵夫人の動きについて、安倍首相は「私人」だと説明していた。だが、国家公務員が5人もついている「私人」などはおらず、少なからぬ自民党議員たちが、そのことを指摘してはいるのだが、表立っては言わない。今回の安倍首相の改憲提案についても内々では少なからぬ自民党議員たちが「問題あり」と言っているのだが、表立って「問題だ」と言ったのは石破茂氏ぐらいしかいない。そして、メディアも大きく書き立てない。いったい、どうなっているのか。
※週刊朝日 2017年5月26日号