作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、米国大統領選の報道を見て、アメリカ、日本について考える。

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 この原稿を書いている最中、クリントン氏の国務長官時代のメール問題が再浮上し、トランプ氏の支持率がクリントン氏のそれを上回ったというニュースが流れた。少し前まで、トランプの女性蔑視発言でヒラリーの勝利はほぼ確実と言われていたというのに……。

 それにしてもトランプ氏を見ていると、アメリカが理想としてきた自由や、アメリカンドリームのたどり着いた先が、こういうオジサンの出現だったのか……と、覚醒させられるような衝撃がある。

 随分前になるが、アメリカで性科学者にインタビューしたことがある。その時、ポルノの表現の自由について「どの程度まで許されるの? 法規制は必要?」と質問した。すると、それまで穏やかな雰囲気だった彼が、急に態度が硬くなり「表現の自由は一切制限されるべきではない。たとえそれが実際の殺人の映像であっても、ピープルには表現する権利がある」と断言したのだった。聞き間違いかと思い、もう一度尋ねた。「本物の殺人でも!?」。彼は、当然だという顔でうなずいた。「権力はいかなる表現も規制してはいけない」と。

 彼の考えがどれほど一般的なものかは分からない。それでもその時、私は初めて、銃で毎年3万人以上が亡くなっているにもかかわらず、個人が武装する権利を手放さない理由や、福祉よりも自由が欲しいと、国民皆保険制度が国を揺るがす問題になる空気に直接触れたように思った。

 
 ちなみにこのインタビューの後、友人がけがをし、救急車を呼ぶ経験をした。乗る前に「1キロ◯◯ドルだ」と救急隊員に念を押された。それがいくらだったかは覚えていないけれど、6時間ほど病院で治療を受けた後、救急車代を含めた請求書が100万円近いのを見た時、全身から冷たい汗が噴き出て震えた。

 あの時、アメリカはとても遠い国だと思った。ところが、どうだろう。トランプ氏の暴言や、アメリカンドリームをアピールする姿を見ていると、日本にもこういう男は、今の時代、いっぱいいることに気がつかされる。競争を勝ち抜くことを誇りにし、自己責任を声高に問い、教養のなさを暴言で補い、エロをお得意とし、マッチョな乱暴さで人気を得る男たち。金髪のカツラをかぶったらトランプと同じ笑い方をする政治家や起業家は、けっこういるんじゃないか。さらにTPP承認目前の今、「自由」の名のもとに「安全」が奪われる恐怖がリアルなものになっているし。ああ、アメリカが近すぎる! しかもトランプ男子だけでなく、ヒラリー女子も増えてない? 独・メルケル首相とファッションが似てるのに(おなかを隠す大きなトップスにパンツスーツ)、メルケル氏に感じる安定感はゼロで、クリントン氏の場合は攻撃性を隠している防御服にしか見えなくて怖い。攻撃力がなければ生きていけず、だけどそれをむき出しにしたらたたかれる女の人生。女の生き難さもアメリカ並みになってきているのかもしれない。ああ、アメリカとサヨナラしたい。

週刊朝日  2016年11月18日号