落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「ヤバい」。
* * *
ここのところ、私は知らず知らずのうちに「やっばいなぁ~」と口からこぼしまくっている。かなり追いつめられてます。
実は先月19日から8月4日まで、ヨーロッパ公演に行ってきた。落語の公演だ。
だが、この原稿を書いている現在は7月18日。正確にはまだ出発していない。明日11時の便で成田からヘルシンキへ向かう。だから、ここではほぼひと月前のことを記していることになる。
ただいま18日朝10時。出発前日だというのに今日は仙台での独演会。なんで前日に仕事を入れるのだろう? 少しはモノを考えろ、と自分に言いたい。
仙台へ向かう新幹線のなかで、原稿を書いている。海外公演を控え、この連載を前倒しで3本書かねばならない。前回はリオ五輪が始まってもないのに「金メダル」について書いた。この「ヤバい」原稿が最後の課題。
16日間の長期海外公演が明日から、なのにまだ、なーーーんにも旅支度をしていない。スーツケースすら、納戸から引っ張り出してもいない。今晩20時には東京に帰るのでそれから支度にとりかかろうか……気が重いな。それより、今日の仙台の独演会のネタはどうするのだ。
今回の海外公演は「夏休みの旅行を兼ねちまえ」ということで家族同行だ。当然、家族分の旅費は自腹。ヨーロッパは遠い、滞在16日間、5人家族。見積もりを見たらビックリするほどの大赤字だ。大散財じゃないか……。
今朝、長男(11)と次男(8)が些細なことで大喧嘩していた。それを見て、
「あんたたちを連れていくと日本の恥だっ!! 二人はキャンセルっ!! 留守番してなっ!!」
カミサンが激怒。……いや、キャンセルはめんどくさいんだけどな……。金も無駄になるし……。どうか思い直して頂きたい。寛大な措置を。謝っちゃえ、お前たち。とりあえず、
「お父さんは仙台へ行ってきます。みんな仲良くするように」
と言い残して出てきた。これからカミサンと子ども3人は成田空港近くのホテルへ前のりする予定。私は独演会を終え、いったん帰宅。明朝、独り成田へ向かい家族と合流する。
ここのところ知人からの『いってらっしゃいメール』が頻繁に届く。曰く、
「ヨーロッパはテロ大丈夫でしょうか? 気をつけて!」
などなど。どう気をつけたらよいのか、思案してしまう。行かないのが一番よいのだが、そうはいくまい。なかには、
「ヨーロッパ、ヤバいっすね!」
とだけの後輩からのメール。喜んでんじゃないか?
「またお会い出来ますよーに(笑)」
だと……。ふざけやがって。
「人の集まるところには行かないほうがよいですよ」というアドバイスも頂いたが、落語をやりにいくので、誰もいないところでやるわけにはいかない。
まもなく仙台に着く。私のはいてるジーパンがどうも生乾きで異臭を放っているようだ。隣のお姉さんが鼻をひくつかせている。いま、海外よりそのコトが気になりつつある。やっばいなぁ……。(編集部注・筆者は8月4日に無事帰国しました)
※週刊朝日 2016年8月26日号

