ベルリン国際映画祭フォーラム部門で監督、脚本、主演を務めた映画「火 Hee」が上映され、ご機嫌の桃井かおりさん (c)朝日新聞社
ベルリン国際映画祭フォーラム部門で監督、脚本、主演を務めた映画「火 Hee」が上映され、ご機嫌の桃井かおりさん (c)朝日新聞社
この記事の写真をすべて見る

 監督作「火 Hee」が、ベルリン国際映画祭フォーラム部門の上映作に選ばれ、出演したドイツ人女性監督の「フクシマ、モナムール」が2月20日(日本時間)、同映画祭の国際アートシアター連盟賞を受賞。監督、女優として国際的な評価がうなぎ登りの桃井かおりさんをベルリンで取材した。

──9年前、初監督作品「無花果(いちじく)の顔」でNETPAC賞(最優秀アジア映画に授与される)という賞をこのベルリン映画祭で受賞。監督としてのベルリンの印象は、いかがですか?

「1回目に来たときは、まぐれで入ったと思っていたのに、皆に君の映画は面白いと言ってもらったんです。一人でフランスから雪のベルリンに入ったものの空港では迎えにも会えず、一人タクシーに乗ってホテルに行ったんです。予約がないと言われ、映画祭事務局に行き映画祭の参加方法について教えてもらって、やっとホテルにチェックイン。お湯をいっぱいにしたお風呂で大泣きしたのを覚えています。その後、NETPAC賞をいただき、励まされたんだと思い、そのままの勢いで生きてるんです(笑)」

──女優から監督への転身について教えてください。

「実は21歳ごろからシナリオを書いていたんです。レギュラー番組のものはほとんど。でも日本ではクリエーティブな女は好かれないし、桃井かおりとして、スローでおバカな役を女優として上手にやっていたので、名前を出さないで脚本を書き続けていました。50歳に初めて自分の名前を出して監督をやったのは自然なことでした」

──「火 Hee」における桃井監督の視点とは?

「監督がやりたいんですよというふうな流れではないんです。俳優として時代時代で最前線の監督と仕事していたので、映画を作る“気”というか“映画の魂”みたいなものを神代(くましろ)辰巳、市川準監督らから学びました。彼らは俳優を生きた小道具でなくクリエーターだと思っているから、『君はこういう役だから、ここでどうするの?』と聞かれるんです。そんな環境の中で常に俳優としてやってきたんです。だから自分で撮れると、楽でしようがない。他人を説得する必要がないですからね」

次のページ