男女とも平均寿命が日本一の長野県。がんによる死亡率も男性では日本一低い。記者は県内でもとくに健康づくりに力を注ぎ、健康長寿発信都市「須坂JAPAN」を始動する須坂市を目指した。
駅の改札を出て目についたのは、“きのこの山”。袋詰めされたシメジやエリンギが大量に売られているのだ。ポップには「月・水・金はきのこデー」。なんと、2日に1日がきのこの日だ。きのこは低カロリーで食物繊維が豊富。国立がん研究センターと長野県農村工業研究所などの共同研究では、がん予防作用も報告されている。きのこの購入量、生産量ともに日本一の長野県。がん予防の実力の一端をすでに垣間見た気がした。
記者が訪ねたのは、防災活動センターの一室。市民の健康づくりを推進する女性ボランティア「保健補導員」の会合がある日だ。
~ドはドーナツのド、レはレモンのレ~
部屋ではおそろいのピンクのジャンパーを着た女性が、“ドレミの歌”に合わせて手を振り、ステップを踏む。市の保健師、中村英基さんによると、健康づくりの一環として行われている「須坂ドレミDE体操」だという。
ここ須坂市を発祥とする保健補導員制度。1958年に始まり、県全域に広がった。主な活動は、禁煙や減塩、がん予防などについて学び、家庭や隣近所で広めること。地域の住民に、がん検診や健診の受診を勧めるのも大事な役目だ。
保健補導員の小林金美さん(60)は、がん検診の重要性を学んで以来、職場の女性に「乳がん検診」の受診を勧めるようになった。
「補導員になってからは、365日健康について考える(笑)。とくにがんの関心度は1位。絶対がんにならないとは言えないから、私も検診には必ず行きます」
保健補導員制度について、県のがん対策を担当する健康福祉部保健・疾病対策課長の塚田昌大さんは言う。
「2013年の県のがん検診の受診率は、肺がんで50%を超えるなど、全国平均を上回っています。県では保健補導員などが地域の住民に健康教育を行ったり、各家庭を訪問して受診を勧めたりするなど、住民主体の健康づくりがさかん。それが高い受診率につながっているのだと思います」
長野県はかつて交通の便が悪い“陸の孤島”だった。それが長寿につながったと話すのは、佐久総合病院名誉院長の夏川周介さんだ。
「アクセスが悪い上に医療機関も少なく、住民が受診しにくかった。住民の健康を守るには予防しかなく、それで予防医学が発達していきました。がん予防はその一つです。また長野県は喫煙率が低く、空気がきれいなので、肺がんが少ない。野菜をよく食べるので、大腸がん予防にもなっていると思います」
喫煙率(男性)は全国44位、野菜摂取量(男女)は1位。野菜は自分で作っている人が多い。長野市内の居酒屋にいた会社員の女性(40代)は、「父の趣味は畑。退職した今は朝から晩まで畑に出ています。わが家で食べる野菜は、家の畑で採れたものか、お裾分けしていただいたもの」と笑う。
体を動かし、採れた野菜をおいしくいただく。それががんで死なない理由の一つであることは、もはや疑う余地はない。
「でも、安心はできません」と前出の塚田さん。過去には、長寿県として名を馳せた後、順位が落ちていった沖縄の例がある。
「長寿やがんの死亡率が低いのは、過去の財産です。生活様式がよかったのは今の50代ぐらいまでで、野菜の摂取量も年々減っている。今後は若い人向けの対策が必要です」(塚田さん)
“がんになっても死なない県”はいつまで続くか──。
※週刊朝日 2016年3月4日号