伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、日銀のマイナス金利導入は景気回復とインフレ率2%達成の時期を早めるという。

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 私が高校のころ、某週刊誌に「遊びながら東大に入れる高校」としてわが東京教育大学附属高校(現筑波大学附属高校)が取り上げられた。それを信じた私は遊びすぎて東大に入れなかった。わが校には「遊んでいる」グループと「東大に入った」グループがいるのは事実だ。しかし残念ながら両者は重なってはいない。別のグループだ。私は前者にのみ入っている。

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「マイナス金利政策」は、金融機関が日銀の当座預金を置けば金利を払わなければならないから当座預金残高を最小限に保とうとする。一方、「量的緩和」は目的自体が「当座預金残高を極大化させよう」というものだ。その意味で両者は百八十度対極にある政策だと述べた。だからこそ、日銀はプラス0.1%を払う預金と、0%の金利の預金と、マイナス0.1%を課す預金と三重構造の複雑な仕組みを導入し、なんとか両者が共存できるように苦労した。

 マイナス金利政策は、「伝統的金融政策」であり、量的緩和は「非伝統的金融政策」だとも述べた。伝統的金融政策は、「中央銀行が思ったとおりに景気やインフレ率を誘導できる」と、理論的にも実践的にも確認されている。マイナス金利政策の実施後、インフレが加速したら金利を引き上げればよい。マイナス3%をマイナス1%にし、さらにはプラスの金利にすればよいのだ。「ブレーキがついている」ということだ。

 一方、量的緩和には、ブレーキがない。歴史的に見て、お金をばらまいた国はすべて、後にハイパーインフレで苦しんでいる。だからこそドイツや米国共和党や白川方明前日銀総裁は反対した。日本の先人たちも財政法第5条で国債の引き受けを禁止した。

 
 また、量的緩和は「日銀が購入する国債はあと1年から2年で枯渇する」といわれているように限界がある。マイナス金利政策には限界はない。いくらでもマイナス幅を拡大できる。必要とあらば強力なアクセルに頼れるということだ。

 ところで、「マイナス金利は預金者という弱者いじめだ」との批判が出てくるだろう。しかし「景気が良い」ことと、「預金金利が高い」ことは、決して重ならない。「景気が悪くても預金金利が高い」のが良いのか、「景気が良いけれども預金金利がマイナス」なのが良いかの選択だ。両者は重なってはいないのだ。

 今回決定のマイナス0.1%が景気回復に効かなくても、マイナス10%にすればいくらなんでも効くだろう。マイナス金利導入は景気回復とインフレ率2%の達成時期をかなり早めると思われる。

 問題はその結果、消費者物価指数が早めに2%に達することだ。量的緩和でジャブジャブにした資金の回収方法がない。回収どころか日銀がお金を刷り続けなければ政府の財布が空になる。歴史の教えるハイパーインフレのリスクの到来だ。2013年4月、私が主張していたように、あのとき、「異次元の量的緩和」ではなく「マイナス金利政策」を導入すればよかった。「1度始めると、問題が起きても対応する政策がない」という意味で「異次元の量的緩和」の開始は「ルビコン川を渡ってしまった」ことと同様だ。「異次元の量的緩和」が日銀や日本経済にとって「三途の川」でないことを祈るばかりだ。

週刊朝日 2016年2月26日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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