作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、ラグビーの五郎丸歩選手のような男性を待ち望んでいたという。

*  *  *

 友人の話。仕事帰りに終電に乗った時のことだ。彼女の後ろにスーツ姿の若い男数人が立った。飲み会の帰りらしく、声が大きく酒臭い。それだけならまだしも、「そんなにくっついたら、勃っちゃうよ~」などと言って盛り上がっていた。

 夜遅い電車は、圧倒的に男性の空間だ。家事や子育てを妻に任せ、時間を気にせずに飲んだり仕事できる人たちが、ただ寝るために家に帰る電車。女は少数派だ。友人は大きなカバンを抱えながら泣きたくなったという。「女の人も周りにいたんだけど、みんな青ざめてた」

 ……その時である! 彼女の目の前に向かい合うようにして立っていた男性がいた。身長180センチ以上、スーツの似合う30代の男性だ。その彼が彼女の荷物を「持ちましょう」とひょいと掲げ、彼女に向かってこう言ったというのだ。

「お仕事、お疲れさまです。頑張りましょう!」

 それは周りにもハッキリと聞こえるほど明瞭で、爽やかな声だった。そして、不思議なことが起きた。それまでさんざん下品な笑い声を立てていた男たちが、すーっと声を潜めたのだ。

「男は、男にどう思われるかは気になるんだね」

 彼女はそう言うのだが、私はにわかに信じられなかった。いや、彼女の言ったことがではなく、そんな男性がいたことが、だ。

 
「ほんとなの? あまりに辛い現実だったから蜃気楼でも見たんじゃないの?」

 私は何度も念を押した。そして確認した。

「ねぇ、それ、五郎丸じゃなかった?」 

「五郎丸だったのかな……」

 話は変わるが……というか、これが本当は最初から言いたかったのだが、五郎丸さんは、凄い。

 先日、研ナオコさんのステージを見たのだけれど、研ナオコさんが「こんばんは、五郎丸です」と出てきて、驚いた。「週刊女性」恒例の「抱かれたい男」特集では、五郎丸が3位に入っていた。五郎丸のディナーショーは1万6千円のチケットが400枚、30分で売り切れたという。

 なぜこれほど五郎丸に、日本の女たちは熱狂しているのか。友人の話を聞きながら、ふと思った。もしかしたら、多くの女にとって五郎丸は、「ずっと待っていた人」だったのかもしれない。女をばかにする下品な男たちと対極にある清潔感、努力が作り上げたゴージャスな肉体、「キモサ」というものが一滴も感じられない高潔さ。

 ここ数回、この社会が持つミソジニーについて書いている。女として生きてるだけで、すり切れることが多い社会だ。そんな中、女が抱える重たいカバンを手に取り、「頑張りましょう」と声をかけられる男を、女たちがどれだけ待っているか。……と書きながら、私は五郎丸さんが、どんな人か全く知りません。ただ、五郎丸さんには、ダメな男たちを存在で威圧してくれそうな力があるのだと思う。そして「待ってたんです」と言いたくなるような、女の飢餓があるように思う。五郎丸さん、日本から出ていかないでほしいです……。

週刊朝日 2015年12月11日号