「ノーベル賞」創設の元になったアルフレッド・ノーベルは、ダイナマイトを発明し、建設現場などで役立ったけれど、その破壊力が人を大量に殺す戦争にも使われ葛藤した。原子核物理学や無線技術も同じ。科学者は、自分の研究が社会でどう使われるか考えるべきだけれど、研究が戦争に利用されないためには、戦争そのものをなくすことが一番です。
日本は戦後70年間、戦争がなかった。でも安倍首相は今、「戦争ができる」国にしようとしています。解釈改憲というが、その域はとうに越えている。日本国憲法のどこをどう読んでも「同盟を組んで戦争ができる」とは書いていない。僕は昔から議論が好きで、「いちゃもんの益川」といわれているほど。この件について、安倍さんとも議論させてくれるならしますが。
クラウゼヴィッツという軍事学者は『戦争論』という著書の中で、戦争とは外交の延長であると説いています。戦争は突然勃発するのでなく、まず話し合いがある。それでうまくいかないと、暴力が出てくる。武力で解決することは、一方的に力でやり込めることです。なぜ、交渉でどうにかならないのか。自国の民を戦火にさらしてまで、解決すべきことなんてないでしょう。
戦争を知るものとして、科学者として、でもその前に一人の人間として平和を訴えたい。恩師の坂田昌一先生は「科学者は科学者として学問を愛するより以前に、まず人間として人類を愛しなさい」とおっしゃっていました。私には、孫が4人います。子や孫にどういう世界をつくってあげたいか。そこから考えると、今何をするべきか、おのずと答えは見えてくるはずです。
(本誌・平井啓子、永野原梨香、西岡千史/松元千枝)
※週刊朝日 2015年9月25日号