国立競技場の建て替えに伴い、住み慣れた土地を離れる人たちがいる。
競技場に隣接し、1960年代に建てられ、老朽化した都営団地「霞ケ丘アパート」(新宿区)の住民たちだ。
ザハ案の新国立競技場は、収容人数が旧国立競技場の5万4千人から8万人となるため、敷地が拡大され、立ち退きが決まった。
地元町会長で団地内にある小さな商店街「外苑マーケット」で青果店を営む井上準一さん(70)の証言。
「立ち退きを聞いた時は、もちろんびっくり。離れたくないと反対した」
お正月の餅つき、豆まき、夏祭りにバス旅行。団地での思い出が消えてしまうようで寂しかったという。けれど、気づけば、自分も含め多くの住民が年を取ったという。
「エレベーターもなく、老朽化した団地での暮らしが限界に近づいていたのも事実。引っ越し先は新築で、家の中に段差もない。コミュニティーが崩れてしまうのは残念だけれど、淡々と受け入れるようになった」(井上さん)
すでに大部分の住民が近くの都営住宅に移る中、突如ふってきたのが、建設計画の白紙撤回。住民たちは、やや呆れ顔だ。
「退去はもう決まった。どんな競技場でも私たちには関係ない」(住民女性)
団地近くの公園には、都心では珍しいタヌキが出るとも言われるほど、自然が残る中に立つ霞ケ丘アパート。今年12月末までに全世帯が転出し、新たな五輪施設に生まれ変わる予定だ。
(本誌・一原知之、西岡千史、小泉耕平、古田真梨子、森下香枝)
※週刊朝日 2015年8月7日号