高齢者を中心に多くの人が悩みを抱える不眠症。東京都在住の佐藤和子さん(仮名・58歳)もそのひとりだった。睡眠薬を使った治療が一般的だが、長い期間飲み続けると薬の量が増えるなどの問題もある。しかし、今は認知行動療法を実施するなど、薬を使わない治療法が広まりつつある。佐藤さんを担当した、東京慈恵医科大学葛飾医療センター 精神神経科診療部長・准教授の山寺亘医師は、次のように説明する。
「佐藤さんのように、不眠のきっかけとなった出来事がなくなっても、眠れなくてつらかったという思いが強く残り、眠ろうと思うほど眠れない悪循環に陥ることがあります。神経質な性格で完璧主義の人によく見られるケースです」
不眠だからといって、全員が不眠症とは限らない。山寺医師は、うつ病やむずむず脚症候群、概日リズム睡眠障害などのほかの病気でないかを検査したうえで、不眠症だと診断した。
診断は、寝つきの悪さなどの入眠障害、途中で起きてしまう睡眠維持障害(中途覚醒)、朝早くに目が覚めてしまう早朝覚醒、その三つの症状のどれかがあることと、日中にぼんやりする、肩こり、無気力、憂うつなどの機能障害も生じていることが基準になる。米国精神医学会が定めたDSM-5という診断基準では、それらに加え、週に3夜以上3カ月以上にわたって症状が続くと、慢性の不眠症だと定義されている。
「佐藤さんは自分の体調の変化に敏感で、『寝ないとだめだ』という固定観念をもっていました。そこで、加齢にともなって深い睡眠が減り、中途覚醒が増えてしまうことをきちんと説明しました。よく眠るためにはどうしたらいいかを伝え、睡眠に対する正しい知識をもってもらい生活を改善していくことを睡眠衛生指導といいます。これだけで睡眠薬を使わずに改善する場合があります」(山寺医師)
山寺医師によれば、日本では睡眠薬に抵抗感があり「すぐに薬を処方されるのでは」と考え、病院に行かないケースが多い。しかし、睡眠の専門医にかかればそのようなことはないという。まず実施されるのがこの睡眠衛生指導で、2014年に厚生労働省が策定した「睡眠12か条」に沿っておこなわれる。
「不眠症の認知行動療法は1990年代に米国で広まり、現在、米国の睡眠学会では標準治療として常識になっています。睡眠薬を使った治療も同時におこなうこともあり、認知行動療法は薬を補うものだと考えることもできます」(同)
しかし、日本でこれが実施されている医療機関は少ない。はじめから薬物治療が開始されることが多いのが実情だ。だが睡眠薬は、脱力感や精神不安定などの副作用が起こることもある。
佐藤さんは、すでに3カ月ほど1種類の睡眠薬を通常量服用していた。薬の服用を継続したくなく、マンツーマンの認知行動療法を受け、減薬を試みた。睡眠薬の減薬とは、睡眠への不安が減ったところから開始し、2週間で4分の1ずつ減らしていく。合計6回通院し、睡眠薬の使用頻度は半減して、服用するときも通常量の2分の1までの減量に成功したという。
「完全に睡眠薬を卒業できるケースもあります。また、3~7人のグループでの認知行動療法も実施しています。症状や重症度によりますが、グループでのディスカッションが効果的なケースもあるのです」(同)
※週刊朝日 2014年12月19日号より抜粋