最初はなんとなくからだがだるい、風邪のような症状だった。でも、少し我慢すれば数日でおさまるので病院に行くほどではないといつも思っていた。
埼玉に住む主婦の吉野緑さん(仮名・35歳)は、ここ数年、季節の変わり目になると決まって体調を崩していた。病院にかかることなくやり過ごしていたのだが、今年はからだのだるさに加え、頭痛や左耳が詰まって聞こえにくいなどの症状が起こった。さすがに心配に思った吉野さんは、近所の耳鼻科を受診した。
「耳に異常はない。たぶん低気圧のせいだろう」
医師は気圧の変化による自律神経の乱れだと診断を下した。言われてみれば、不調を感じるのは、いつも台風が日本に近づいているときだったような気がする。
「台風が通過した翌朝には、耳の詰まり感も消えました」
と吉野さん。
そもそも気圧とは何だろう。「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)で天気を解説する蓬莱(ほうらい)大介気象予報士に聞いてみた。
「気圧というのは空気が地面を押す力のことで、ヘクトパスカル(hPa)という単位で示されます。周囲より気圧が高くなっている地域を高気圧、周囲より気圧の低いエリアを低気圧と呼んでいます。一般的には高気圧だと晴れ、低気圧だと曇りや雨になることが多く、台風シーズンである9月や天気が周期的に変わる10月は特に気圧変化の大きい時期です」
耳の疾患に詳しい茅ケ崎中央病院副院長の石田克紀医師によると、「風邪の症状を訴えて内科にかかった結果、自律神経の乱れだと診断され、その後に耳鼻科を訪れる患者も少なくないようです」とのこと。
では、はたして気圧と自律神経にはどんな因果関係があるのだろうか。
「気圧が体調に影響することは珍しくありません。聞こえにくさなど耳の症状やめまい、鼻水などを訴える人もいます。そういう患者さんには検査をして耳に異常がないことを確認し、症状がつらい場合は、症状を和らげる薬を処方することもあります」(石田医師)
気圧の変化で自律神経が乱れて不調が出ている場合、天気の回復とともに自然と治ってしまうことがほとんどだ。そのため、病院に行かず放置してしまうことも多い。しかし「低気圧で不調が現れる」=「自律神経が乱れやすい状態にある」ということ。ほうっておくと胃炎、過敏性腸症候群、メニエール病やうつ病など重い病気を引き起こすリスクとなる。
石田医師によると、人は気圧の変化を中耳、内耳で感じ取るのだという。
「飛行機で離陸、着陸する際に耳がキーンとするのは、急激な気圧変化があるためです。低気圧のときは、急に気温が下がったり、強い風が吹いたりするので、気圧だけでなく、そうした気候の変化すべてが自律神経のバランスを乱す要因となるのでしょう」(同)
自律神経は自分の意思とは関係なく、脳や外部からの刺激や情報に反応して、内臓や血管などの機能をコントロールする。そして正反対の働きをする、交感神経と副交感神経という二つの自律神経がバランスよく働くことで、人間の健康は維持されている。
「交感神経が優位になるとからだは活発になり、副交感神経が優位になるとリラックスした状態になります。しかし自律神経は非常にデリケートで、ほんのちょっとした変化やストレスで影響を受け、バランスが乱れてしまうのです」
と自律神経に詳しい順天堂大学教授の小林弘幸医師は話す。
「最も心身の状態がいいのは、交感神経も副交感神経も活発に働いている状態です。逆に最も悪いのが、両方の神経とも働きが悪い状態。低気圧になると自律神経の働きが乱れるのは、交感神経と副交感神経の両方の働きが悪くなる、もしくは交感神経が活発に働き副交感神経の働きが極端に悪くなるためです」
交感神経は血管を縮め、副交感神経は血管を緩める作用がある。自律神経のバランスが整っているときは、血管の縮みと緩みがリズミカルに繰り返されるため、血流がスムーズになる。しかし低気圧の影響を受けて、両者の働きが悪くなると、たちまち血流が悪くなってしまうというわけだ。
「血管の縮みが進みすぎて血流が悪くなるだけでなく、血管の内側にある細胞をも傷め、血管がボロボロになる心配があります」(小林医師)
※ 週刊朝日 2014年9月26日号より抜粋